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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)82号 判決 1992年6月26日

原告

日本臓器製薬株式会社

右代表者代表取締役

小西甚右衛門

右訴訟代理人弁護士

高木右門

右訴訟復代理人弁護士

宮原守男

坂本寿郎

古川勞

被告

大阪市

右代表者市長

西尾正也

右訴訟代理人弁護士

中山晴久

杉山博夫

間石成人

主文

一  被告は、原告に対し、金三億八一〇九万五六一八円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その七を原告の、その一を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

一主位的請求

被告は、原告に対し、二九億九〇五六万五七八五円及びこれに対する昭和五七年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二予備的請求

1  大阪府収用委員会が、原告に対し、昭和五七年七月一三日付けでした裁決(大収五三第二七号ないし第三一号)のうち、原告に対する損失補償金を二六億六八七八万一八二一円と定める部分を五六億五九三四万七六〇六円と変更する。

2  被告は、原告に対し、二九億九〇五六万五七八五円及びこれに対する昭和五七年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実(明らかに争いのない事実を含む。)

1  原告の地位

原告は、昭和五七年七月一三日当時、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件収用土地」という。)上に同目録三記載の建物を、同目録二記載の土地(以下「隣接土地」という。)上に同目録四記載の建物を所有し、右各建物を一体の製薬工場(以下「平野工場」という。)として利用して、医薬品の製造等の事業を行なっていた製薬会社である。

2  本件裁決

大阪府収用委員会は原告に対し、昭和四六年三月三〇日都市計画法に基づく事業認可の告示がされた、平野区西脇四丁目以南の、幅員四〇メートルないし五五メートル、延長三二八五メートルの道路新設事業のために、昭和五七年七月一三日付けをもって、次のとおり裁決(以下「本件裁決」という。)をし、右裁決正本は、同月二一日、原告に送達された。

(一) 本件収用土地を収用する(以下、本件裁決に基づく本件収用土地の収用を「本件収用」という。)。

(二) 原告に対する損失補償の金額は、二六億六八七八万一八二一円と定める。

(三) 権利取得時期 昭和五七年九月三〇日

(四) 明渡期限 昭和六〇年九月三〇日

3  補償金額算定の根拠

本件裁決によって定められた損失補償金額の算定根拠は、別表1、2及び3―1、2記載のとおりである。

二争いのある補償項目

本件裁決の補償金算定根拠とされた各補償項目のうち、大阪府収用委員会が、以下のとおり裁決した1ないし5の各項目に係る補償金額が、本訴における増額請求の対象であり、他の補償項目に係る補償金額については、当事者間に争いがない。

1  建物及び設備の移転料等

(一) 土地収用法七七条に基づき補償すべきものとされた、別表2記載の建物及び設備関係の移転料

建物移転料

一億六八六〇万八〇〇〇円

設備関係移転料

二九六四万〇七四九円

小計 一億九八二四万八七四九円

(二) 同法八八条に基づき補償すべきものとされた、別表3―2記載の関連物件移転料のうち、建物及び設備関係移転料

建物移転料

三億六一〇二万四〇〇〇円

設備関係移転料

九八五〇万二九一二円

小計 四億五九五二万六九一二円

(三) 同法八八条に基づき補償すべきものとされた、別表3―1記載の設計監理料

四一一九万三〇〇〇円

2  機械及び装置の移転料

(一) 土地収用法七七条に基づき補償すべきものとされた、別表2記載の機械の移転料

八五一九万五三二四円

(二) 同法八八条に基づき補償すべきものとされた、別表3―2記載の関連物件移転料のうち、機械の移転料

一三億七九三一万七二五五円

3  営業補償

土地収用法八八条に基づき補償すべきものとされた、別表3―1記載の営業補償のうち、製造費用補償

一億七一〇六万〇〇〇〇円

4  従業員移転関係費用 〇円

5  本件収用土地に対する補償

二億三五五一万五五八一円

三被告の本案前の主張

原告は、本件裁決に定められた補償金額につき、土地収用法一三三条所定の出訴期間内である昭和五七年一〇月一五日に、一六億六八二九万六〇〇〇円の増額を求めて本件訴えを提起した。その後、同条所定の出訴期間を経過した後である昭和六〇年三月一一日に、右請求金額を二九億九五八七万八七一八円に拡張する申立てをし、次いで、平成元年四月四日に、右請求金額を二九億九〇五六万五七八五円に減縮した。

右の経過に鑑みれば、本件訴えのうち、当初の請求金額を上回る部分は、土地収用法一三三条所定の出訴期間を徒過したものであり、不適法な訴えとして却下されるべきである。

四被告の本案前の主張に対する原告の反論

原告は、本件収用による損失補償請求権につき、二の1ないし5記載の補償項目に不服のあることを明らかにし、右補償項目に係る損失補償金額の適否を争点とする本件訴えを提起した。

原告がした請求の拡張は、当初の訴えと訴訟物を同じくする損失補償請求権に基づき、右争点に関する主張の変更に伴い、請求金額を増額したものにすぎず、右請求の拡張によって、訴訟物には何ら変動はない。最高裁判所昭和五八年九月八日第一小法廷判決の示す基準に従って判断すれば、右請求の拡張は、出訴期間の遵守に欠けるところのないことが明らかである。

五原告の本案に関する主張

1  土地収用法一三三条の訴えの性質と司法判断の在り方

(一) 憲法二九条三項に基づく「完全な補償」の実体的保障

被収用者は、憲法二九条三項に基づき、「完全な補償」の理念に基づく具体的補償請求権を実体的に保障されている。憲法二九条三項が、実体的請求権の根拠規定たる性質を有することは、最高裁判所昭和四三年一一月二七日大法廷判決等の判例によっても肯定されている。

憲法二九条三項の実体法規性に鑑みれば、収用法一三三条に基づく訴訟は、憲法二九条三項に基づき、被収用者が保障されている具体的補償請求権に基づく給付訴訟ないし確認訴訟の性質を有することが明らかである。

(二) 土地収用法一三三条の趣旨

右(一)に述べたことは、土地収用法の解釈上も明らかである。すなわち、土地収用法一三三条の訴えは、同条二項が明定するとおり、起業者を被告とする当事者訴訟であって、裁決の取消を求める抗告訴訟とは明確に区別されている。土地収用法一三三条の訴えが当事者訴訟とされた趣旨は、損失補償金額の多寡の問題がもっぱら両者の経済的利益に関わる問題であって、被収用者と起業者の間の解決に委ねれば足りるとの見地から、収用委員会の裁決の公定力ないし不可争性を後退させたものと解される。右の趣旨に鑑みれば、土地収用法一三三条の訴えは、被収用者から起業者に対する、正当な補償金額と補償裁決に定められた補償金額との差額の給付訴訟ないし正当な補償金額の確認訴訟の性質を有するものといえる。

(三) 収用手続における裁決の位置付け

土地収用法が、収用委員会の裁決により補償金額を定めることとしている意義は、収用手続の円滑な進行という収用手続上の要請によるものであり、収用委員会の裁決による補償金額の決定は、暫定的な見積金額の算定といった性質を有するものと理解すべきである。すなわち、土地収用法は、収用手続の円滑な進行を実現するために、補償金の前払主義を採用した。収用委員会の裁決による補償金額の決定は、補償金の前払主義との関係で定められた制度であり、ここでの決定は、暫定的な見積金額の算定といった性質を有するにすぎない(同法九四条三、五項)。収用委員会の裁決は、被収用者が憲法二九条三項及びこれを具体化すべく定められた土地収用法の実体的規定によって保障された具体的保障請求権に関する、司法判断を拘束、制限するようなものではない。このことは、収用委員会の審理、裁決については、迅速な処理が要求されていること(同法四六条一、三項、一三六条三項)や、収用委員会の裁決後の事実に基づく被収用者の損失も補償の対象となる余地が認められていること(同法一〇一条の二)からも裏付けられる。

(四) 土地収用法一三三条の訴えにおける司法判断の在り方

以上を前提とするならば、土地収用法一三三条の訴えを審理する裁判所は、収用委員会の裁決にかかわらず、口頭弁論終結時までに生じた事実を判断の基礎として、憲法二九条三項及びこれを具体化すべく定められた土地収用法の実体的規定によって保障された「完全な補償」の理念に基づく補償金額、すなわち、収用と相当因果関係のある損失を完全に補償するに足りる額を算定し、その確認ないし給付を命じるべきことになる。

(五) 土地収用法七三条の位置付け

以上のような理解は、土地収用法七三条の規定とも何ら矛盾しない。すなわち、土地収用法七三条は、収用委員会の裁決による損失補償金額の算定基準日を規定したものであって、裁判所が、右基準日以降の事情を考慮して、憲法二九条三項に基づく具体的補償請求権の範囲を確定することを禁ずるものではない。

2  原告の公共性と本件損失補償金額

(一) 憲法二九条三項の「公共のために」の意義

憲法二九条三項は、私有財産の収用の要件として、当該収用が「公共のために」行なわれるべきことを規定する。収用主体である起業者が行なう事業が公共性を具有することは、「公共のため」の収用であることの必要条件であるにすぎず、被収用者による収用土地の利用、使用の態様の中に、公共性、公益性が認められる場合には、収用の方法、態様、補償金額等の点において、その公共性、公益性を完全かつ発展的に再現、回復することを伴って、初めて、その十分条件を充足するに至るというべきである。なぜならば、憲法二九条三項にいう「公共のため」とは、絶対的、抽象的な概念ではなく、当該事業により得られる国民生活上の利益と失われる利益との、綿密かつ具体的な比較衡量により、その限界が画されなければならず、被収用者が収用される土地において営んでいる事業に公共性、公益性が認められる場合には、その公共性、公益性は、収用の可否、要件判断において重要な意義を有するだけでなく、「公共のため」にする収用という要件(憲法二九条三項)は、収用の方法、態様、補償金額等の点において、当該事業を完全かつ発展的に再現、回復することを要求すると解すべきである。

(二) 補償実務における二種の補償基準

補償金額算定に当たって、収用される土地の利用、使用における公共性、公益性を考慮すべきであるとの、右主張は、補償実務においても採用されている。すなわち、補償実務上、一般補償基準である「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月一九日閣議決定)以外に、公共補償基準である「公共事業の施行に伴う公共補償基準要綱」(昭和四二年二月二一日閣議決定)が存在する。ここにおいては、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」には明示されていない、機能回復の原則が明示されており、収用される土地に公共性、公益性が認められる場合には、これを考慮して、その機能を維持、回復せしむるに足りる補償がされるべきであるとの考え方が明らかにされているのである。

(三) 原告が本件収用土地において営んでいた事業は、生産、供給している薬品の効能、医療機関の治療において占める位置及び原告の経営姿勢その他の具体的事情に照らし、極めて高度の公共性、公益性を具有する。したがって、原告の公共性、公益性を考慮して、公共補償基準に準じて、原告が本件収用土地において営んでいた事業を完全かつ発展的に再現、回復するに足りる補償をすべきことは、憲法二九条三項のいう「公共のため」にする収用の要件が、要請するところといわねばならない。

3  「正当な補償」と原告の機能回復

(一) 憲法二九条三項の「正当な補償」の意義

憲法二九条三項のいう「正当な補償」の意義については、相当補償説と完全補償説が対立しているが、本件のように、収用にかかる財産の性状や隣地との関係あるいは利用、使用の状況等とは無関係に、もっぱら外在的要因によってされる収用に伴う損失の補償については、「完全な補償」を実現する必要がある。

ここで「完全な補償」とは、無機質的に個別分離化された個々の財産の経済的価値の総和に限定されるものではなく、収用される土地及び土地上の工作物、物品、更には人的要素をも含めた現実的かつ有機的な結合、集積、調和の上に成立している機能の維持、回復を完全に実現するに足りる補償を意味する。

(二) 医薬品の製造とバリデーション

原告は、本件収用土地及び隣接土地上の平野工場において、医薬品の製造を行なっていたが、右機能の維持、回復を考えるに当たっては、医薬品製造の以下のような特殊性を考慮する必要がある。

医薬品は、多くの場合健康を害した人が体内に取入れるものであるため、食品等では有害とまではいえないような不純物の混入さえ厳密にチェックされなければならない。更にまた、予定された薬効が得られない場合には、治療の機会が失われることにもなりかねない。このため、医薬品の製造においては、医薬品の右のような特性に基づき、可能な限り、有効性、安全性が確保されるべきことが要請される。このような観点から、医薬品の製造指針としてバリデーションと呼ばれる概念が存在する。バリデーション概念の中でも特に重要なのが、プロセスバリデーションであり、そこで示される医薬品製造の指針は、設計された品質規格、あるいは、合理的な評価基準に適合した製品を恒常的に生産するという工程の再現性と信頼性を保証するために、達成すべき品質特性に影響を与える可能性のある製造工程の要因の一つ一つについて、科学的根拠、妥当性をもって確認を行ない、最終的に製品品質を保証することであり、かつ、その証拠を文書で示す、というものである。バリデーション概念に導かれ、高度に管理された製造を実施することは、現代における医薬品製造においては、不可欠なものである。

以上を前提にすれば、製薬工場の生産機能の回復とは、新たな場所において、旧工場におけるのと同一程度に検証され、管理された製造を可能にすることが必要であり、そのためには、単に建物、設備機械等の物的施設を再現するだけでは、まったく不十分なのである。

(三) 医薬品の製造許可とGMP規制

現実的、具体的にみても、原告が、新工場において、平野工場において行なっていたのと同様の医薬品の製造を行なうためには、新工場において、薬事法一二、一三条に基づき、製造対象となる医薬品の品目ごとに製造許可を受ける必要がある。

医薬品の製造許可は、製造所ごとに与えられるものであるが(同法一二条二項)、その許可基準を定める同法一三条二項一号、薬局等製造設備規則(制定、昭和三六年厚生省令第二号。改正、同五五年同省令第三二号、同年同省令第三五号及び同五八年同省令第三九号)や、同法一六条、九条の二に基づき医薬品の製造業者の遵守事項を定める医薬品の製造管理及び品質管理規則(制定、昭和五五年厚生省令第三一号。改正同五八年同省令第三九号)の各規定が抽象的、包括的であることに表れているように、医薬品の製造許可は、製造所の物的設備が、客観的に明確な最低基準に適合するか否かだけによって、その許否が決せられるのではなく、有効性、安全性の確保された医薬品を供給するという観点からする裁量的判断に基づいて、これが決せられる。そこでは、製造工場の物的設備というハード面と、各製造場所の製造過程における品質管理の実態、製造販売の実績、周囲の環境等のソフト面とを総合的に評価したうえで、許否の判断がされる実情にある。

薬事法一三条二項一号、一六条、九条の二、薬局等構造設備規則及び医薬品の製造管理及び品質管理規則に基づく、医薬品の製造に関する規制の右のような実情に鑑みれば、平野工場において蓄積された医薬品の製造管理及び品質管理の実績、経験を有しない新工場においては、平野工場の建物、設備機械等の物的施設を再現するだけでは、平野工場におけるのと同様の医薬品の製造許可を受ける見込は皆無に等しいものといわなければならない。したがって、右各法令によって法制化されたGMPの下で、原告が医薬品の生産機能を回復するに足りる補償をすることは、完全な補償の実現という観点からも、また、原告が平野工場で有していた医薬品の製造許可を失ったことに対する補償という観点からも極めて重要なものというべきである。

4  建物及び設備の移転料等

(一) 現状有姿再建論の不当性について

本件裁決は、建物及び設備の移転料等として、平野工場と同一の規模、構造、設備を有する建物を建築するに足りる費用の補償があれば足りるという(以下「現状有姿再建論」という。)。

しかし、平野工場の現状有姿の再建は、法的にも、経済的技術的にも不可能である。すなわち、平野工場を構成する各建物の建築後の建築基準法等の改正により、平野工場の現状有姿の再建は法的に不可能であるし、平野工場は、建築時期や構造の異なる複数の建物を、増築、改築を繰り返して有機的に組合せて利用していたものであり、その再現は、経済的技術的にも不可能である。

このことに、前記2、3に述べたところを総合考慮するならば、平野工場の建物及び設備の移転料については、原告が、平野工場における医薬品生産機能を回復するに足りる工場、すなわち、平野工場で得ていた医薬品の製造許可を取得し得る工場の建築に要する費用の補償という観点から、その補償金額を算定すべきである。

(二) 生産機能回復に要する費用の額

(1) 新工場における医薬品の製造許可とGMP

前述したように、新工場については、平野工場におけるのとは異なり、医薬品の製造管理及び品質管理の実績、経験の集積は存在しない。したがって、有効性、安全性の確保された高性能の医薬品の製造が可能か否かの判定は、主として、新工場の物的設備の面(ハード面)に着目してされることになる。すなわち、平野工場における医薬品の製造許可の更新に当たっては、その物的設備(ハード面)の状態に加えて、製造基準書や記録類(ソフト面)を総合勘案して、GMPに適合するか否かが判定されるのに対し、新工場における医薬品の製造許可に当たっては、もっぱら、建物、設備等物的設備が、科学的、技術的水準に照らして、GMPに適合するか否かが判定されることになる。

(2) 小野工場の建築費用相当額の補償の必要

原告は、平野工場の移転先として、兵庫県小野市古川町南山に建築した新工場(以下、右新工場を「小野工場」といい、その敷地を「小野の土地」という。)の建設に当たって、建物の構造、仕様及び設備等の個別の選択において、GMPの個々の規定の趣旨、一般的解釈、GMPに適合するように設計された他の製薬工場の実例等を勘案して、平野工場と同一の機能を有する注射剤工場として必要最低限のものを選択して、総体としてGMPに適合する製薬工場を建設した。したがって、原告が、平野工場において有していた医薬品の生産機能を回復することができる工場建築に要する費用の額は、小野工場の建築費用及び設計監理料のうち、平野工場の床面積に相当する建築費用一五億七六七八万八〇二二円(43億9680万0000円×6190.79m2/17262.67m2)及び設計監理料五九九一万七九四四円(15億7678万8022円×3.8%)の合計額である、一六億三六七〇万五九六六円を下回ることはない。

(三) よって、建物及び設備の移転料等として、次の金額の増額を求める。

(1) 建物及び設備の建築費用

本件裁決によって認められた、土地収用法七七条及び八八条に基づく、建物及び設備関係移転料(二の1の(一)及び(二))の合計額六億五七七七万五六六一円から、その積算過程で積算項目に掲げられた建物解体費用(ただし、隣接土地上の井戸一基の解体費用を除く。)四一三一万二〇〇〇円(大収五三第二七ないし三一号新庄大和川線収用事件鑑定書建築編、単価修正分参照。)を控除した平野工場の再建築費用分六億一六三六万三六六一円と、小野工場の建築費用のうち、平野工場の床面積に相当する建築費用一五億七六七八万八〇二二円との差額である、九億六〇三二万四三六一円

(2) 設計監理料

本件裁決によって認められた設計監理料の補償四一一九万三〇〇〇円(二の1の(三))と、小野工場の設計監理料のうち平野工場の床面積に相当する五九九一万七九四四円との差額である、一八七二万四九四四円

(3) 合計 九億七九〇四万九三〇五円

5  先行投資額の運用益相当額(4の予備的主張)

仮に、建物及び設備の移転料等として、右九億七九〇四万九三〇五円の増額請求が認められないとしても、原告は、土地収用法八八条に基づき、次のとおりの先行投資額の運用利益を補償されるべきであり、原告は、本訴において、このうち、九億七九〇四万九三〇五円を請求する。

(一) 平野工場の耐用年数

平野工場の主要部分は、昭和三二年一〇月九日に建築された製剤工場、及び同三三年二月二〇日に建築された化成工場である。右両建物は、いずれも鉄筋コンクリート造の建物で、その法定耐用年数は四五年である。したがって、本件裁決に定められた明渡期限(昭和六〇年九月三〇日)における残存耐用年数は、いずれも概ね一七年である。したがって、本件収用がなければ、原告は、右両建物の法定耐用年数が経過するまでの一七年間にわたり、平野工場において、医薬品の製造を継続することができた。

(二) 本件収用に伴う先行投資額

本件収用によって、原告は、平野工場において取得していた医薬品の製造権を失い、新工場を製造所として、新たに医薬品の製造許可を得る必要があった。新工場を製造所として、医薬品製造の新規許可を得るためには、GMPに適合した製薬工場の建設が不可欠であり、そのために要する費用の額が、一六億三六七〇万五九六六円(建築費用一五億七六七八万八〇二二円及び設計監理料五九九一万七九四四円の合計額)を下回ることがないことは、4の(二)に述べたとおりである。

(三) 右一六億三六七〇万五九六六円に対する、商事法定利率年六パーセントの割合による利息相当額の一七年分である一六億六九四四万〇〇八五円(16億3670万5966円×0.06×17年=16億6944万0085円)から、本件裁決によって認められた前記平野工場の再建築費用分六億一六四六万三六六一円及び設計監理料四一一九万三〇〇〇円を控除した一〇億一一七八万三四二四円が、新工場において、医薬品製造の新規許可を受けるために必要不可欠な先行投資額の運用利益相当額として、土地収用法八八条に基づき補償されるべきことが明らかである。

原告は、このうち、4記載の主位的主張(建物及び設備の移転料等の増額)に基づく請求額と同額の九億七九〇四万九三〇五円を請求する。

6  機械及び装置の移転料

(一) 機械及び装置の交換、新設の必要性

大阪府収用委員会は、昭和五七年八月一三日から同月一六日までの間に、同委員会から委嘱を受けた鑑定人によって実施された調査の結果、平野工場に設置されていることが確認された機械及び設備を移転対象として、二の2の(一)及び(二)の機械及び装置の移転料を算定した。

しかし、本件収用土地上において、明渡期限まで事業を発展的に営んでいくことは、憲法上、原告に保障された権利である。原告の医薬品の生産高は、左記のとおり年々上昇しており、このような状態を維持して事業を継続していくためには、機械及び装置の老朽化等に対処して、機械の買い換えや新設が恒常的に必要となる。これを否定することは、被収用者に事業の縮小ないし廃止を余儀なくさせることになるのであって、かかる結論が、前述した完全な補償ないし機能維持の原則に反することは明らかである。したがって、明渡期限までの間における事業の継続に必要なものとして買い換え又は新設された機械及び装置の移転料もまた、明渡しによる損失として、当然補償されるべきである。

(年度)  (生産高)  (前年比)

昭和五三年度 一三〇億〇二〇〇万円 142.9%

昭和五四年度 一五三億〇三〇〇万円 117.7%

昭和五五年度 一七三億二四〇〇万円 113.2%

昭和五六年度 二〇四億八八〇〇万円 118.3%

昭和五七年度 二五一億八五〇〇万円 122.9%

(二) 調査期日以後設置された機械及び装置の移転料

原告は、右調査期日以後明渡期限までの間に、別表4記載のとおりの機械及び装置を購入して平野工場に設置した。そして、このうち、本件収用土地の明渡しに伴って、同表の工場欄に○印を付したものを小野工場に、研究所欄に○印を付したものを兵庫県加東郡社町に建築した生物活性科学研究所(以下「社研究所」という。)に移転した。同表記載の機械及び装置の買換え又は新設は、原告が従来どおりに事業を継続していくうえで交換が必要となったものや、医療機関の需要に見合った増産や新製品の製造を行ない、かつ平野工場をGMPに合致したものとして維持していくために新設したものであって、いずれも、原告の事業の継続に必要不可欠なものである。したがって、同表記載の各機械及び装置の再建工法による移転料として、その価格相当額(ただし、買い換え物件については、本件裁決により認められた移転料と当該物件の取得価格との差額)の合計金額である二億一一九六万九六六一円の補償の増額がされるべきことが明らかである。

(三) ちなみに、土地収用法一三三条の訴えにおいて、裁判所が判断の基礎とすることができる事実を、裁決時に存在した事実に限定する立場を採ったとしても、本件裁決時において、原告の生産高が年々増大していたことは、右(一)記載のとおりであり、本件裁決後も機械及び装置の設置が続くことは、高い蓋然性をもって予想された。したがって、右増加設置分も含めて、明渡時における機械及び装置の移転により、通常生じる損失を補償する必要があることは、明らかである。

7  営業補償

(一) 当事者処分主義(土地収用法四九条二項、四八条三項、九四条八項)違反

被告は、大阪府収用委員会の審理において、本件収用土地の明渡しのために、二か月間の休業が必要であることを認めて、原告に対して支払うべき営業補償金額として五億三一九〇万三〇〇〇円を主張していた。しかるに、大阪府収用委員会は、住友不動産株式会社大阪支社による鑑定に従い、新工場における試験操業期間(平野工場の主力製品であるノイロトロピンの製造工程日数に二を乗じて五を加えた日数である八七日)、操業停止期間(一〇日)、段階的移転を行なうことに伴う新旧両工場における併行操業期間(ノイロトロピンの製造工程日数である四一日)を補償期間とする製造費用補償として、被告主張の右見積金額を下回る一億七一〇六万〇〇〇〇円を算定した。このように、本件裁決の営業補償金額の決定のうち、右製造費用補償は、被告の見積金額をも下回るものであり、土地収用法四九条二項、四八条三項、九四条八項に定められた当事者処分主義に違反し、既にこの点において違法である。

(二) 禁反言の原則、信義則違反

被告は、収用委員会の審理において、本件収用土地の明渡しのために、二か月間の休業が必要であることを認めていたのであるから、禁反言の原則ないし信義則に従い、本件訴訟においても、これに反する主張は許されない。

(三) 段階的移転論の不当性と二か月間の操業停止の必要性

(1) 本件裁決は、ノイロトロピンの製造工程ごとに段階的移転を行なうことにより、一〇日間の操業停止により明渡しを完了することが可能であるとするが、本件裁決の前提となる右段階的移転は、算術的な誤謬を犯すものであるのみならず、健全な社会常識に反する机上の空論ともいうべきものである。

(2) しかも、移転に伴う動産の梱包、搬出等の作業により製造所内が汚染されることは明らかであって、GMPの趣旨や医薬品の製造の特性を踏まえて考察すれば、同一建物の一部において医薬品の製造を行ないながら、一方において移転作業を行なうなどといった移転方法は、到底採りえない。

(3) 更に、本件裁決は、移転完了後は、新工場において、直ちに一〇〇パーセントの操業を行なうことを前提にしているが、製品に高度の安全性と有効性を確保することが要求される製薬工場においては、新工場における製造開始に当り、相当期間にわたって、稼働率を落とした慣らし操業を行なわざるを得ず、右のような前提を採ることは非現実的である。

(4) また、本件裁決は、工場移転前に試験操業期間八七日が必要であり、これに要する人員を延べ二三八六人としている。右試験操業には、平野工場の従業員を充てざるを得ず、これが平野工場の操業に与える影響を無視することはできない。これを数的に評価するならば、右二三八六人を平野工場の従業員約一八〇人で除した13.2日分の生産量に相当する生産低下がもたらされるものということができ、少なくとも、右期間分の収益補償を考慮しない段階的移転論の不当性は明らかである。

(5) 原告は、昭和六〇年八月から移転作業に着手し、同年一〇月、平野工場における操業停止、昭和六一年一月、小野工場における操業開始を経て、同年五月に漸く小野工場における本格的操業に至ったのであり、その間4.7か月分の操業停止に相当する減産を余儀なくされた。右4.7か月をもって、本件収用土地の明渡しのために、通常であれば必要とされる操業停止期間であるということはできないとしても、右(2)ないし(4)に述べたような事実をも考慮するならば、平野工場程度の規模の製薬工場を移転するためには、完全操業停止期間、試験操業期間及び慣らし操業期間の生産量の減少を通算して、二か月間の操業停止による損失に相当する額を下回ることのない損失を生じることが明らかである。

(四) 営業補償金額の算定基準

(1) 昭和五八年一一月三〇日決算期

二か月間の操業停止による損失補償金額の算定に当たっては、明渡期限に接着した昭和五八年一一月三〇日決算期(以下「五五期」という。)の決算に基づき、補償実務上、通常生じる損失の範囲として認められている、経費補償、休業手当、収益補償及び得意先喪失補償について、その金額を算定すべきである。すなわち、前述した土地収用法一三三条の訴えの性質に鑑みれば、本件収用と因果関係のある営業上の損失が補償されるべきことは明らかであって、このように解することが、土地収用法七三条に反するものでもないことは、1の(五)で述べたとおりである。

五五期の決算を基準として、補償実務上、通常生じる損失の範囲として認められている、経費補償、休業手当、収益補償及び得意先喪失補償金額を算定すると、別表5―1、2記載のとおりとなり、その合計金額は一六億九〇一〇万六八五三円となる。

ちなみに、右営業補償金額の算定に当たっては、原告の串木野工場の製造経費及び休業手当を補償対象に含めている。串木野工場は、平野工場で生産している錠剤の中間製品を製造しており、平野工場の操業停止に伴い、串木野工場も操業を停止せざるを得ない関係にあるのであるから、串木野工場の製造経費及び休業手当も平野工場の操業停止による損失として補償対象と認められるべきである。

(2) 昭和五六年一一月三〇日決算期

仮に、土地収用法一三三条の訴えにおいて、裁判所が判断の基準とすることができる事実を、裁決時に存在した事実に限定する立場を採ったとしても、本件裁決直近の昭和五六年一一月三〇日決算期(以下「五三期」という。)の決算に基づきこれを算定すべきであり、五三期の決算を基準に営業補償金額を算定すると、別表6―1、2記載のとおり合計一三億六〇五六万八七一〇円となる。

そして、本件裁決時において、原告の生産量、売上、収益が年々増大していたことは、前記6の(一)記載の事実からも明らかであり、裁決前の決算に基づいて営業補償金額を算定しただけでは不十分なことは、高い蓋然性をもって予想された。したがって、このような事情を前提とする損失の増大部分をも考慮に入れて、通常受ける損失の額を判断すべきである。

8  従業員移転関連費用

(一) 小野の土地への移転を想定した補償の必要性

本件決裁は、平野工場の移転先として、大阪市内の工場地域又は工業専用地域を想定するとして、従業員移転関連費用の補償を全く認めなかった。

しかし、原告は、平野工場の移転が確実視されるに至った後、大阪市内を初めとして、全国に移転先を捜したにもかかわらず、予て取得していた小野の土地以外に、適当な移転先を見出すことはできなかった。特に、大阪市内については、近隣住民の反対運動が予想されるうえ、振動、大気汚染など、原告の主力製品であるノイロトロピンの製造に対する悪影響が予想され、健全な社会常識に照らし、同市内に平野工場の移転先を見出すことは、極めて困難であることが予想できた。したがって、本件裁決の右想定は、被収用者である原告に、難きを強いるものに他ならず、かかる非現実的な想定の下に、従業員移転関連費用の補償を否定することは、不当という他はない。

そして、以上のような事情に鑑みれば、小野の土地が、最も現実的かつ合理的な移転先であって、原告が、同土地以外への移転を選択する余地はなかったことが明らかであるから、同土地を移転先として想定した補償が必要というべきである。

(二) 従業員移転関連費用

平野工場を小野の土地に移転した場合、約九〇名の退職者が出ることが予想され、これに伴い、退職者に対する退職慰労金及び予告手当並びに新規採用者に対する教育費用の出捐を余儀なくされることが明らかであった。また、従業員に対する引越費用、移転旅費等の支出や、試験操業及び操業準備期間中の旅費交通費の支出も必要である。したがって、これら、従業員移転関連費用として、別表7記載の合計一億〇八六四万七六五六円の補償がされるべきである。

9  憲法二九条三項に基づく本件収用土地の価格補償

本件裁決においては、本件収用土地に対する補償として、事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決のときまでの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た二億三五五一万五五八一円(土地収用法七一条)の補償を認めたが、憲法二九条三項による正当な補償の理念に立脚するならば、少なくとも、権利取得の時(昭和五七年九月三〇日)までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額の補償は不可欠である。

したがって、事業の認定の告示の時における相当な価格に権利取得の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た二億三六三〇万七八九一円と、本件裁決によって認められた本件収用土地に対する補償との差額である、七九万二三一〇円が、憲法二九条三項に基づき補償されるべき金額である。

六被告の本案に関する主張

1  土地収用法一三三条の訴えにおける司法判断の在り方

(一) 土地収用法一三三条の訴えの性質

土地収用法一三三条の訴えの性質を巡っては、これを、給付又は確認の訴訟と解する見解と、形成訴訟と解する見解の対立がある。

憲法二九条三項を直接の根拠として補償請求をすることができることは、原告の主張のとおりであるが、補償請求権を根拠付ける実定法規がない場合に憲法二九条三項を直接の根拠として補償請求をすることができるということと、実定法規が憲法二九条三項に基づく損失補償請求権の具体的内容や確定手続を定めることとは、何ら矛盾するものではない。土地収用法が、収用に伴う損失補償請求権の具体的内容とその確定手続を定めているにもかかわらず、収用という事実があれば、それだけで具体的損失補償請求権が発生すると解するのは相当ではなく、収用委員会の裁決を経ることによって、初めて、具体的損失補償請求権は発生すると解すべきである。このような観点からすれば、土地収用法一三三条の訴えは、裁決の行政処分性を前提として、裁決に示された補償金額が過大又は過少であることを理由にその一部を取消し(積極的又は消極的変更)、正当な補償金額を確定することによって、具体的な補償請求権を形成する訴えであると解する形成訴訟説が正当である。形成訴訟説を採れば、裁決時点以後の事情は、判決の基礎とはならないとの考え方と論理的に結びつくことになる。

また、土地収用法一三三条の訴えの性質につき、給付又は確認訴訟説を採ったからといって、そのことから当然に、裁決後の事情も、判決の基礎とすることができるとの結論になるわけではない。なぜならば、土地収用法一三三条の訴えの性質を巡る学説、判例の議論は、主として、右訴えの請求の趣旨として、裁決の変更を求めることなく、補償金の増、減額分の確認又は給付の請求をすることができるかという、訴訟技術上の議論と位置付けられる。したがって、ここで給付又は確認訴訟説を採った場合であっても、判決の基礎とすることができる事実ないし資料の範囲については、裁決と土地収用法一三三条の訴えの関係をどのように理解し、関連付けるべきかという、土地収用法の解釈によって、これを決するべきである。

(二) 補償金額算定の基礎とすることができる事実の範囲

土地収用法一三三条の訴えの性質についていずれの見解を採るにしても、憲法二九条三項に基づく補償請求権の具体的内容と確定手続を定めた実定法規たる土地収用法が、収用委員会の公平かつ適正な裁決手続によって、損失補償額を審理、判断させ、収用に関わる法律関係の早期確定を図らんとした趣旨、目的に鑑みれば、同法一三三条の訴えにおいて、当事者は、裁決手続における申立ての範囲を超えて補償金額の増減額を請求することはできず、損失補償の対象となる建物、物件等の範囲も裁決手続において補償対象となし得る範囲のものに限定され、また、裁判所の判断の基礎となるべき資料も、裁決手続における判断資料となり得た範囲のものに限られると解すべきである。

このように、裁決後の事情は、損失補償金額に影響を与えないとの土地収用法の立法思想は、同法一〇三条の規定や、補償金額算定基準時を規定する同法の諸規定(七一ないし七三条、七四条二項、七六条一、三項、八〇条の二第二項、八一条)に、裁決後の事情を考慮すべきことを定めた規定のないことからも、見て取れるところである。

(三) 土地収用法による補償金額算定の制約

更に、収用委員会は、損失補償額の算定に当たって、裁決申請者及び相手方が一定の書面によって申立てた範囲を超えて裁決をしてはならず(土地収用法四八条三項、四九条二項、九四条八項)、別段の定めのある場合を除き、補償金額は、明渡裁決時の価格によらねばならない(同法七三条)などの制約を受けている。これらの規定は、土地収用法によって認められた損失補償金額の範囲を画する法規範として、同法一三三条の訴えにおける司法判断をも拘束するものというべきである。

(四) 原告の主張に対する反論

原告は、裁決後の事情も土地収用法一三三条の訴えの判決の基礎とすることができると主張するが、このように解したならば、土地収用法一三三条の規定は、単に出訴期間を制限する意味を持つにすぎないことになり、これでは、裁決手続によって、収用に関わる法律関係の早期確定を図らんとする土地収用法の趣旨、目的は、没却されることになる。

原告は、裁決による損失補償金額の算定が、暫定的、見積的なものであると主張する。しかし、補償金の前払だけのために、収用委員会による裁決手続を設ける必要はまったくない。収用委員会における審理手続について、委員の除斥(土地収用法六一条)、審理の公開(同法六〇条)、起業者、土地所有者、関係人の意見書提出、意見陳述(同法六三条一項)、参考人の審問、鑑定人による鑑定、実地調査(同法六三条二、三項、六五条)、裁決書への裁決理由の記載(同法六六条二項)等、いわば訴訟手続にも準じた手続が保障されていることからも、原告の主張の失当なることが明らかである。

2  建物及び設備の移転料等の増額請求について

(一) 本件裁決の相当性

土地収用に伴う損失の補償は、その収用によって当該土地の所有者が被る特別な犠牲の回復を図ることを目的とするものであり、収用の前後を通じて被収用者の財産的価値を等しくならしめるような補償をすべきである。そのためには、平野工場を現状有姿で再建するに足りる補償をする必要があるとともに、かつこれをもって足りる。かかる観点からすれば、本件決裁に定められた二の1の(一)ないし(三)の補償金額に不足はない。

(二) 原告の主張に対する反論

本件裁決は、本件収用により、本件収用土地上の建物及び設備のみならず、これと一体として利用されていた隣接土地上の建物及び設備の移転も必要になるものとして、その移転料も補償対象とし、かつ、再建工法による移転料の算定に当たっては、減価償却累計額の控除を行なわずに平野工場の新設価格をもってこれを算定しており、平野工場の機能回復については、十二分の配慮がされている。

しかも、平野工場は、GMP規制に適合する製薬工場であったのであるから、平野工場と同一の規模、構造、設備を有する建物を新設すれば、平野工場におけるのと同様の医薬品の生産機能を回復できるはずである。原告の増額請求は、平野工場における製薬機能の維持、回復に藉口して、工場を拡大、改良するための費用を要求するものに他ならない。

3  先行投資額の運用益相当額の補償請求について

(一) 右2の(二)に述べたように、本件裁決は、GMP工場である平野工場につき、再建工法を前提としたうえ、減価償却累計額の控除を行なわずに、その移転料の算定をしており、先行投資を云々する余地はない。

(二) 仮に、本件収用のために原告が何らかの先行投資を余儀なくされたとみる余地があるとしても、平野工場の耐用年数に関する原告の主張は失当である。すなわち、平野工場は、雑多な構造、仕様の建物の複合体であるにもかかわらず、原告は、その耐用年数を、鉄筋コンクリート造部分の耐用年数と同様として評価すべきであるという。しかし、原告主張のように鉄筋コンクリート造部分以外の建物部分を本来の耐用年数を超えて維持しようとするならば、相当多額な修繕ないし改善費用(場合によっては、建物の新築費用に等しいほどの費用)の支出が必要となることが明らかである。原告が主張する先行投資を考察するに当たっては、本件収用によって原告が支出を免れることになった右修繕、改善費用の額が控除されなければならない。

4  機械及び装置の移転料の増額請求について

(一) 不告不理の原則

収用委員会は、土地収用法四九条二項、四八条三項所定の書面によって、当事者が申立てた範囲を超えて裁決をすることはできない(同条同項。不告不理の原則)。右不告不理の原則は、土地収用法によって認められた損失補償請求権の範囲を画する法規範として、同法一三三条の訴えにおける司法判断をも拘束するものというべきことは、1の(三)に述べたとおりである。

原告が、本件訴訟において移転料の補償を請求する別表4記載の機械及び装置は、収用委員会における審理が終結した昭和五六年八月以降に設置されたものであり、右審理手続においては、原告から、その移転料の補償請求がされなかったものである。したがって、右機械及び装置の移転料は、裁決により補償を認められる余地のないものであるとともに、土地収用法一三三条の訴えにおける増額請求の対象にもなり得ないものというべきである。

(二) 土地収用法八九条一項による制約

土地所有者は、事業認定の告示後において、予め都道府県知事の承認を得て土地に附加設置した物件以外は、土地に附加設置した物件に関する補償を請求することはできない(土地収用法八九条一項)。土地収用法八九条に基づく右制約は、損失補償請求に関する限りにおいては、起業地に附加設置された物件についても、起業地外の土地に附加設置された物件についても等しく及ぶものと解される。そうでなければ、事業認定の告示後に、起業地に附加設置された物件は、都道府県知事の承認を得たものに限り、補償の対象になるものに対し、起業地外の土地に附加設置された物件は、無制限に補償の対象になるという、極めて不均衡、不公平な事態を招来することになるからである。

してみると、事業認定の告示後に、予め大阪府知事の承認を得ることもなく隣接地上の工場に設置された、別表4記載の機械及び装置の移転料が補償の対象とならないことは明らかである。

(三) 補償金の増額を目的とする機械及び装置の設置

事業認定の告示後に、大阪府知事の承認を得ることなく、隣接地に附加設置された物件は、本来、補償の対象とはならないものではあるが、収用委員会は、平野工場の機能の維持、回復に配慮して、隣接地上に附加設置された物件については、寄宿舎を除いて移転補償の対象とする方針を採った。

原告は、収用委員会の右方針に便乗し、補償金の増額を目的として、平野工場の機能を維持する上では必要がないにもかかわらず、別表4記載の機械及び装置の設置を行なった疑いが濃厚である。かかる目的のために設置された機械及び装置の移転料の請求は、信義則上も到底認められない。

5  営業補償の増額請求について

(一) 補償期間の正当性

(1) 本件裁決は、平野工場の建物、設備及び機械については再建工法を、動産類については、医薬品の製造工程ごとの段階的移転工法を、移転工法として採用し、移転先としては大阪市内を想定したうえ、鑑定人の鑑定評価を総合勘案して、次のとおり補償期間を認定した。

ア 平野工場の稼働中に行なう新工場における試験操業期間として、平野工場の最主力商品であるノイロトロピンの製造工程日数(四一日)に二を乗じて五を加えた日数八七日間

イ 各工程ごとに段階的に行なう動産移転から、移転先における製造場所等の清掃を経て、塵埃・落下細菌試験に至る操業停止期間として一〇日間

ウ 各工程ごとの段階的移転を行なうことに伴う、新旧両工場における併行操業期間として、平野工場の最主力商品であるノイロトロピンの製造工程日数である四一日間

(2) 右補償期間の認定は、以下のとおりいずれも正当である。

ア 試験操業期間

新工場における試験操業期間については、原告が製造する医薬品の中で製造期間が最大であるノイロトロピンの製造期間(四一日)を基準として、一般的に行なわれる製造試験回数(二、三回)のうち三回を製造回数として想定して、これに製造試験の開始時期を一定期間ずらす必要性や準備期間をも考慮して、試験操業期間を八七日とした。この試験操業期間が正当なものであることは、原告が、小野工場における試験操業を一か月で完了したことからみても明らかである。

イ 操業停止、併行操業期間

新工場における試験操業完了後の平野工場の操業停止及び新工場の操業再開については、平野工場の主力製品であるノイロトロピンの製造工程を念頭に、平野工場における製造を、その製造工程に従って順次停止しながら、その停止した工程の動産を新工場に移設し、移設が完了した工程から新工場における操業を開始するという段階的移転工法を採用した。段階的移転工法は、全工程の操業を一斉に停止した場合に生じる仕掛品の発生もなく経済的な移転工法である上、ノイロトロピンの製造工程は、基本的には七工程に分れており、右七工程は更に三〇工程に細分化することができること、平野工場においては、細部工程ごとに人的、物的設備が区分されていたこと、段階的移転工法によって搬出を必要とする各工程ごとの動産類は、極めてわずかであることなどの事情に鑑みると、ノイロトロピンの基本七工程を軸に、いくつかの細部工程に区分して移転作業を実施することは、現実的で、合理的な移転工法ということができる。

また、各工程ごとの動産移転に要する日数についても、動産の梱包一日、運搬一日、整理一日、部屋の清掃、消毒三日、清浄空気の送風一日、塵埃・落下細菌試験三日の合計一〇日を想定しており、右日数は、移転対象となる動産の量に照らしても、必要十分な日数ということができる。そして、段階的移転工法を採用すれば、最初の移転工程の動産移転に要する期間は、操業を停止せざるを得ないが、前工程の中間製品製造までの期間に、次の工程の移転を順次完了していくことによって、以後の各工程の動産移転日数は、新工場における製造期間に吸収できる。したがって、操業停止期間としては、右一〇日間を見れば十分である。

段階的移転工法を採用した場合の併行操業期間は、ノイロトロピンの製造期間である四一日以下となることは、以上から明らかである。

(二) 製造費用補償金額の正当性

右補償期間の製造費用補償については、公認会計士である鑑定人の鑑定結果(<書証番号略>)に基づき、次の補償金額を認定した。

試験操業費の補償

九九九一万〇〇〇〇円

操業停止に対する補償

一八四一万〇〇〇〇円

併行操業費用の補償

五二七四万〇〇〇〇円

合計 一億七一〇六万〇〇〇〇円

(三) 当事者処分主義違反の主張に対する反論

土地収用法四九条二項、四八条三項は、損失補償総額について、収用委員会は当事者の主張に拘束される旨を規定したものであり、原告が主張するように個々の損失補償項目ごとの補償金額や個々の補償項目ごとの補償金額算定の基礎となる前提事実についてまで、当事者の主張に拘束されることを規定したものではない(大審院大正九年七月二三日連合部判決、民録二六巻一一三四頁参照。)。この点に関する原告の主張は、独自の見解で失当である。

(四) 禁反言の原則、信義則違反の主張に対する反論

原告は、移転工法及び操業停止期間の検討に必要な、平野工場における詳細な製品製造工程や各製品の売上実績に関する資料を、企業秘密を理由として開示しなかった。このため、被告は、不十分な資料に基づき、平野工場の製造を全面的に中止したうえでする、一斉移転工法を前提に営業補償金額を見積らざるを得なかったのであり、被告の右見積金額と本件裁決の認定金額とは、その判断の基礎となる資料が根本的に異なる。右のように不十分な資料を基礎にした見積金額が、土地収用法一三三条の訴えにおける起業者の主張をも拘束するとする見解は、あまりにも不合理である。

(五) 段階的移転工法の不当性に関する反論

(1) 原告の平野工場の主力製品であるノイロトロピンの製造工程は、基本的な七工程を三〇工程余りの細部工程に分割することができるうえ、各細部工程ごとに部屋が区分されており、これに関与する人員及び移転対象となる動産も明確に区分されており、右各細部工程ごとの移転が可能な状況にある。これらの細部工程に精通する原告にとっては、一〇日間の動産移転日数のみの休業によって、間断なくノイロトロピンの製造を再開できるように、段階的移転の具体的計画を立てることは、理論的にも、現実的にも可能である。

(2) 医薬品の製造所は、薬局等製造設備規則により、密閉構造、無菌構造、専用室等の設置が要求されており、各工程ごとに汚染防止が図られているはずであって、平野工場においても、各製造工程を行なう部屋が細かく区分されている。しかも、移転対象となる動産類は、それ自体も清潔が保たれているのであるから、他の製造工程を汚染することなく、細部工程ごとに動産の搬出及び搬入を行なうことは、決して不可能ではない。

(3) 本件裁決は、試験操業期間中の生産量低下に対する補償を認めていないが、試験操業のために必要とされる人員二三六八人を試験操業期間(八七日)で除すれば、一日当たりの必要人員はわずかに二七名であること、右必要人員は、通常の操業時の四倍の安全率を見込んだものであること、試験操業の作業の中には、臨時雇用人員によって行ない得る作業も含まれること、原告によるストックの生産実績からも明らかなように、原告には、通常の操業を維持しながら、八七日間で三ロット程度の増産を行なう生産余力があることなどの事情に鑑みれば、平野工場において、通常の操業を維持しながら試験操業を行なうことは十分に可能である。

(六) 営業補償金額の算定基準に関する反論

(1) 原告は、原告の営業上の損失額の算定は、明渡期限に接着した五五期決算に基づいてすべきであるというが、既に述べたとおり、土地収用法一三三条の訴えにおいても、裁決時点までに存在した事実を基礎として、裁決時点における価格をもって補償金額を算定しなければならないことは、裁決によって、収用に関わる法律関係の早期確定を図らんとする土地収用法の趣旨・目的、及び同法七三条の規定に照らし明らかである。

(2) また、裁決前の決算に基づいて営業補償金額を算定する場合には、決算時において高い蓋然性をもって予想された、生産量等の増大に伴う損失の増大を考慮するべきであるとする主張もまた、土地収用法七三条に照らして失当である。

(七) 原告主張の営業補償金額の細目の不当性

原告の主張する営業補償金額は、次のとおり、その算定過程に不当な点がある。

(1) 補償対象について

ア 研究経費について

原告主張の五五期の固定経費には、平野工場移転とは無関係な社研究所の経費が含まれているが、右研究経費は、固定経費補償の対象から控除すべきである。

イ 和歌山工場、輸入製品の販売に係る収益及び経費について

原告の事業のうち、和歌山工場、輸入製品の販売に係るものは、平野工場の移転とは無関係であるから、これらに係る収益及び経費は、補償対象から除外すべきである。

(2) 固定経費補償について

ア 公租公課について

原告の主張する公租公課の金額には、営業収益又は所得に応じて課税される法人税等が含まれている可能性がある。

イ 水道光熱費について

原告は、水道光熱費として決算書記載の金額の一〇パーセントを計上するが、その算定根拠が不明である。

ウ 減価償却費について

本件裁決は、平野工場の建物、設備及び機械につき、減価償却累計控除をせずに再建工法による移転費の補償を認めていることに鑑み、平野工場分については減価償却費の補償は不要である。

また、平野工場以外の減価償却資産については、平野工場の移転により機械類は、稼働をしないのであるから、機械の消耗による減価はないものといえる。したがって、その減価償却費は補償対象とはならない。

エ 手形割引料について

手形割引料は、営業経費に該当するから、これを、営業取引が行なわれない休業期間の固定経費に計上すべきではない。

オ 広告宣伝費について

広告宣伝費については、休業期間も含めた長期間にわたる契約に基づくもののみを補償すべきである。

(3) 収益補償について

ア 収益補償(利益補償及び得意先喪失補償)の必要性について

原告は、小野工場への移転に際し、直前数か月間の増産によりストックを製造し、販売への影響を回避することができたのであるから、ストック生産のための増分経費の補償をすることはともかく、収益補償(利益補償及び得意先喪失補償)は、不要である。

イ 収益補償の算定方法

仮に、原告に対して何らかの収益補償が必要であるとしても、その収益額の算定に当たっては、営業外収益、特別損益のうち休業に関係なく収入が見込める受取利息及び配当金や新橋診療所勘定は、これを収入金額に加算すべきではなく、また、支払利息、手形割引料、棚卸棄損は会社経営上の一般的な費用として、収入金額から減算すべきであり、更に、雑収入については、それが休業に関係なく収入が見込めるものか否かを検討すべきである。

また、一般的に、起業が特定の支出又は損失に備えるために必要な費用であると判断して損失金額に計上している引当金については、有税引当金、限度内引当金の別なく、これを収益に加算すべきではない。

(八) 本件裁決認定額との調整の必要性

(1) 試験操業費について

原告の主張する二か月間の一斉休業を前提とするならば、原告は、その休業手当が補償対象となった遊休労働力を利用することにより、新工場における試験操業を実施できるはずであるから、右前提の下では、本件裁決で認められた試験操業費のうち八七日分の増分労務費は、原告の請求金額から控除すべきであるし、その他の経費等についても、その全額が必要であるとは認め難い。

(2) 操業停止に対する補償及び併行操業費用について

原告の主張するように二か月間の一斉休業を前提とするならば、本件裁決が認めた操業停止期間の労務費、その他の経費の補償及び併行操業期間の増分労務費及び増分経費は明らかに不要であって、これも、原告の請求金額から控除すべきである。

(九) 以上の(六)ないし(八)に述べたところを考慮するならば、仮に、平野工場の移転のために、二か月間の操業停止を要するとしても、原告に対して支払われるべき営業補償金額は、右前提の下で公認会計士がこれを算定した鑑定意見(<書証番号略>)に示された一億四〇八〇万〇〇〇〇円を上回ることはない。したがって、右金額を超える本件裁決額については、これを増額する必要はまったくない。

6  従業員移転関連費の請求について

平野工場の移転先としては、社会通念上、大阪市内の工業地域又は工業専用地域を想定するのが相当であって、原告が主張するような従業員移転関連費は、補償対象とはならない。

7  憲法二九条三項に基づく本件収用土地の価格補償請求について

土地収用法の損失補償に関する条文は、憲法二九条三項に基づく損失補償請求権の具体的内容とその確定手続を定めるものである。収用土地に対する補償金額については、土地収用法七一条が明文をもって定めるところであって、同条に反する原告の請求が認められる余地はない。

七被告の主張に対する原告の認否、反論

1  段階的移転論についての再反論

(一) 段階的移転の物理的不可能

ノイロトロピンの各細部工程ごとに部屋が区分されており、これに関与する人員及び移転対象となる動産も明確に区分されているとの事実はない。

特に、平野工場における品質管理は、製造管理部門が実施する工程検査と品質管理部門が試験室で実施する品質検査からなる。品質管理を行なう品質管理部門が製造部門から独立した存在であることは、GMPの要求するところであり、平野工場おいても、品質管理部門は製造部門から完全に独立しており、品質管理部門に属する試験室において、同試験室に配属された人員が、原料資材の検査、中間製品、最終製品の抜取検査を実施しており、各工程ごとに品質管理部門を分割して移転することはできない。

したがって、ノイロトロピンの製造工程を細部工程に分割し、これを段階的に移転すべきであるという被告の主張は、その前提において失当である。

(二) 段階的移転による製造過程の汚染

製薬工場においては、GMPに基づき、各ゾーンごとに清浄度1から4に区分された清浄度を保つことが要求されており、清浄度の異なるゾーン間の人や物の出入りについては、更衣室や前室を経由する更衣、洗浄、消毒を行なうこと、清浄度4のゾーンからは、清浄度3を経由しなければ清浄度2のゾーンには入ることができず、清浄度1のゾーンには清浄度2からしか入れない等の規則が定められ、これが実施されている。

製薬活動継続下における物の出し入れや人の出入りは、右規則に従って実施されており、それによって、各ゾーンの清浄度は、維持されているのであるが、多量の動産を搬出する移転作業においては、汚染された梱包資材や台車の出入りや、各所のドアは開放状態におかれるのであろうことが想定され、このような状況下において、これらの規則に従って、汚染防止を図るのが不可能であることは極めて明らかである。

2  原告主張の営業補償金額の細目の正当性

(一) 補償対象について

(1) 研究経費について

製薬会社の研究開発活動は、大別して、既製品の薬理作用の解明及び有効成分の探索と、新製品の開発の二つに分けられる。このうち、前者は、既製品の販売促進に直接寄与するものであり、その費用は、営業経費としての性格を有する。後者は、現在の販売促進に直接寄与するものではないが、製薬会社が、製薬技術の進歩に遅れることなく存続していくためには、新製品開発は不可欠であって、そのための費用も経費としての性格を有することが明らかである。原告は、平野工場の移転に伴う操業停止により、売上が減少するにもかかわらず、これら研究経費の支出は継続せざるを得ないのであるから、その補償を要することは明らかである。

(2)ア 和歌山工場に係る収益及び経費は、補償請求の対象とはしていない。

イ 原告が販売している輸入製品は、平野工場において包装、組立等を行なっていたのであるから、休業期間中の供給が不可能となることは、平野工場において製造する医薬品と異ならない。

(二) 固定経費補償について

(1) 公租公課について

原告が補償請求の対象としているのは、損益計算書上、営業損益の部・販売費及び一般管理費に計上された金額の二か月分であり、特別損益の部に計上されている法人税等充当額は、原告の補償請求には含まれない。

(2) 水道光熱費について

原告は、従来の経験に照らして、水道光熱費の基本料金相当額を、使用料の一〇パーセントとして請求しているが、平野工場の操業停止、移転作業と併せて、本社における日常業務や、新工場における操業準備等の業務が行なわれることを想定したならば、休業期間中に必要とされる水道光熱費は、右請求金額を下回るものではないことが明らかである。

(3) 減価償却費について

原告は、再建工法によって、新工場に設置される建物及び設備並びに機械及び装置についての減価償却費の補償を請求するものである。新工場の建物及び設備並びに機械及び装置は、その完成と同時に減価償却が開始されるのであるから、その移転費の補償において、減価償却累計額の控除がされていないことと、右減価償却費の発生との間には、何の関係もない。

また、平野工場以外の減価償却資産は、休業期間中は稼働を停止することを理由として、その減価償却費の不発生をいう被告の主張は、非現実的なものである。理論的、抽象的には、減価償却費には、当該資産の使用による摩耗に起因する部分と、当該資産の陳腐化に起因する部分があることは否定しないが、実際の減価償却費は、現実の稼働(使用)量に応じて増減されるわけではなく、使用期間に応じて計算されている。したがって、二か月というような短期間、稼働(使用)量が減少し、あるいは、使用可能な状態のまま稼働を休止したとしても、その間も、通常の稼働(使用)状態におけるのと同様の減価償却費が経費として生じるのである。

(4) 手形割引料について

手形割引料は、経費の支払に伴って発生するものであるから、このうち、固定経費の支払のために発生する分は、補償対象となるべきものである。

原告は、右のような立場から、二か月分の手形割引料のうち、総経費に占める固定経費の割合に応じた金額の補償を請求しているのであって、手形割引料の二か月分の全部が固定経費に該当するとしているわけではないことに留意すべきである。

(5) 広告宣伝費について

原告は、平野工場の移転に伴う、完全な操業停止期間、試験操業期間及び慣らし操業期間中の生産量減少を考慮に入れて、二か月分の休業に相当する損失が発生するとしているのであり、平野工場の移転に伴う完全な休業期間は、ごく短期間のものである。したがって、平野工場の操業停止に伴って、宣伝広告活動を停止又は減少すべきような事情はない。

(三) 収益補償について

(1) 被告は、平野工場の移転による収益減の補償は不要であるというが、右主張は許されない。すなわち、本件裁決後明渡期限までの間は、原告が従前同様の生産を続けることが通常の事態であることは、本件裁決段階から本訴を通じて、当事者間に争いがなかったはずであり、ストックの生産をすることを通常の事態であることを前提とする、被告の右主張は許されないとの趣旨の主張をする。

(2) 原告主張の収益補償金額は、被告主張の諸点を十分に考慮したものであることは、以下に述べるとおりである。

ア 支払利息、手形割引料、棚卸廃棄損は、原告の利益金額算定過程で減算を実施している。

イ 受取利息、配当金は、資金を調達する際に発生する拘束預金及び金融機関との取引上取得が必要な株式によって発生するものである。したがって、その収入源は、原告の取引高の増減に比例するものであり、原告の操業停止による取引高の減少に応じて、これらの収入の減少が予想されるのであるから、これも収益補償の対象とすべきである。

ウ 新橋診療所は、利益の社会還元と臨床研究を目的として設けられたものであり、財政的にも、機能的にも、何ら独立性を有しない企業内組織である。したがって、その収益は、営業利益に準ずるものとして、利益補償の対象とすべきである。

エ 有税引当金の実質は利益積立金であり、営業補償金額の算定に当たっては、収益補償の対象とすべきである。

3  本件裁決認定額との関係について

(一) 試験操業費について

原告は、経費補償の一つとして休業手当を請求しているが、現実には、操業停止期間中は、原告の従業員は、移転作業及び操業準備作業に従事することになり、試験操業に充てるべき遊休労働力を生じる余地はない。

(二) 併行操業費について

完全操業停止期間、試験操業期間及び慣らし操業期間中の生産量減少を通算して、二か月の操業停止による損失に相当する損失が生じることや、新工場における操業開始から最初の製品(ノイロトロピン)の完成までには、最低四一日間を要することを考慮すれば、文字どおりの一斉移転を行なった場合には、営業補償金額を原告主張の金額に抑えることは困難である。平野工場の移転に伴う操業停止による損失を原告主張の金額に抑えるためには、原告が現実に行なったように、原料製造部門と製品製造部門との移転時期をずらして移転を行なうことが、当然予想ないし想定されるべきであり、本件裁決で認められた併行操業費を控除する必要はない。

第三判断

一被告の本案前の主張(出訴期間徒過)について

原告が、本件裁決に定められた補償金額につき、土地収用法一三三条一項所定の出訴期間内である昭和五七年一〇月一五日に、一六億六八二九万六〇〇〇円の増額を求めて本件訴えを提起したこと、その後、右出訴期間を経過した後である昭和六〇年三月一一日に、請求金額を二九億九五八七万八七一八円に拡張する申立てをし、次いで、平成元年四月四日に、右請求金額を二九億九〇五六万五七八五円に減縮したことは、裁判所に顕著であるところ、被告は、本件訴えのうち右請求の拡張に係る部分は、出訴期間を徒過したものであり、不適法な訴えであると主張する。

しかし、原告が、右請求の拡張の前後を通じて、本件裁決によって確定された損失補償の適否ないし本件収用に伴う損失補償請求権を訴訟物として、本件訴訟を維持追行していることは明らかであって、請求の拡張により、訴訟物に変更はない。右請求の拡張は、攻撃防御方法たる主張の追加及び変更に伴い、請求金額を増額したものにすぎない。このように、請求の拡張の前後を通じて、訴訟物が同一である本件においては、右拡張後の請求に係る訴えは、当初の訴え提起のときに提起されたものと同視することができるから、出訴期間の遵守に欠けるところはないものというべきである(最高裁判所昭和五八年九月八日第一小法廷判決参照)。

二土地収用法一三三条の訴えの性質について

1 憲法二九条三項と土地収用法との関係

憲法二九条三項は、私有財産を公共の用に用いる場合においては、正当な補償すべきことを定める。右保障の趣旨に鑑みれば、公共事業のために土地等が収用される場合においては、その収用によって、当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復を図ることを目的として、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産的価値を等しくならしめるに足りる補償をすべきところ、右理念の下に、憲法二九条三項の保障を具体化するものとして、土地収用法が、土地等が収用される場合における損失補償請求権について、その具体的内容及び確定手続を規定する。万一、土地収用法の損失補償に関する諸規定に基づく補償が、憲法二九条三項の趣旨に違反し、被収用者等の損失に対する正当な補償たりえないものと認められる場合には、別途、直接憲法二九条三項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないとしても、土地等を収用された者は、憲法二九条三項に基づく損失補償請求権を具体化する土地収用法を根拠として、同法の定めるところに従って、その損失の補償を請求すべきものというべきである。

2 収用手続における収用委員会の補償裁決の位置付け

そこで、土地等が収用される場合における損失補償請求権の具体的内容及び確定手続に係る土地収用法の諸規定の解釈について、本件における争点との関連で検討を進める。

(一)  裁決の処分性

土地収用法四九条、七一条、七三条など、損失補償に関する関係諸規定に鑑みれば、土地等を収用された者は、同法に定められたところに従った収用委員会の裁決により補償金額が確定されることにより、初めて、起業者に対して、確定額の補償請求をすることができるものとされていることは明らかである。土地等を収用された者は、収用委員会の裁決を経ることなく、起業者に具体的な損失補請求をすることは許されないのであって、収用委員会のする裁決のうち損失の補償に関する部分(以下「補償裁決」ともいう。)は、土地収用法に基づく損失補償金額を確定し、被収用者にその具体的請求権を付与する行政処分である。

この点につき、原告は、収用委員会のする裁決のうち、損失の補償に関する部分は、補償金の前払制度との関連で定められた、暫定的な見積金額の算定といった性質を有するにすぎないと主張する。しかし、①行政庁である収用委員会のした行政処分である裁決のうち、損失の補償に関する部分だけについて、その処分性を否定することは、あまりにも不自然であること、②土地収用法は、別に、同法四六条の二ないし四に起業者の見積金額による暫定的な補償金の支払制度を定めていること、③同法六〇条以下に収用委員会の審理手続の適正を担保するための諸規定を置いていることなどに照らすならば、原告の右主張は失当というほかはない。

(二)  「通常受ける損失」の意義

土地収用法に基づく具体的補償請求権は、収用委員会の補償裁決によって確定するものとの理解の上に立って、本件における主要な争点を検討する前提となる「通常受ける損失」(土地収用法八八条)の意義について考察すると、「通常受ける損失」とは、裁決時点に存在する客観的事実を基礎として、客観的社会的にみて、明渡時期に、通常採用されるであろう移転先、移転方法を採用して移転した場合に、被収用者が通常受けるであろうことが予想される損失を意味するものというべきである。したがって、収用委員会は、右損失を予測のうえ、これを裁決時の価格をもって金銭的に評価することによって(同法七三条)、被収用者が、通常受ける損失の額を確定すべきものと解される。

原告は、明渡しによって被収用者が現に受けた損失のうち、収用と相当因果関係があるものと認められる損失をもって、「通常受ける損失」と理解すべきであると主張するけれども、土地収用法が、かかる損失を事後的に補償するとの立法政策を採用していないことは明らかであって、原告の右主張は採用できない。

3 土地収用法一三三条の訴えの実質と司法審査の在り方

右2に説示したように、収用委員会のする補償裁決は、土地収用法に基づく損失補償金額を確定し、被収用者にその具体的請求権を付与する行政処分であるから、右裁決額についての不服を内容とする土地収用法一三三条の訴えは、裁決内容の変更(増額又は減額)を求めるものに外ならず、無名抗告訴訟の実質を有する。したがって、同条の訴えについては、抗告訴訟の審理におけるのと同様に、裁決時の事実を基礎として、裁決によって定められた補償金額が、土地収用法の損失補償に関する諸規定に照らし、手続的、実体的に違法とすべき点があるか否かという観点から、司法審査を行なうべきである。そうである以上、土地収用法の損失補償に関する諸規定は、司法審査に当たっての裁判規範となることはいうまでもない。

この点につき、原告は、土地収用法一三三条の訴えは、処分庁である収用委員会を被告とせず、被収用者と起業者とが当事者となる、いわゆる形式的当事者訴訟であることを指摘して、右の理解を論難する。しかし、土地収用法一三三条の訴えが形式的当事者訴訟とされた趣旨は、①損失補償金額の多寡の問題は、もっぱら、被収用者と起業者との財産的利害に関係があるだけで、公益に関係しないのみならず、そこでの不服の内容も、損失の金銭的評価に関する問題が中心となるため、この訴訟に、公益の代表者として収用委員会を関与させる必要や実益はないこと、②損失補償金額は、本来、客観的一義的に定まり得るものであって、そこに行政庁の裁量を容れる余地はないことから、補償金額の多寡に直接利害関係のある被収用者と起業者との間で争わせることが適当であるとの立法政策上の理由によるものというべきである。したがって、土地収用法一三三条の訴えが形式的当事者訴訟であることは、この訴訟が無名抗告訴訟の実質を有するとの理解に抵触するものではない。そのほか、右に反する趣旨の原告の主張が失当であることは、1及び2に説示したところから明らかである。

4 土地収用法一三三条の訴えの請求の趣旨

3に説示したように、土地収用法一三三条の訴えは、収用委員会のした裁決のうち損失の補償に関する部分についての不服を内容とするものであって、無名抗告訴訟の実質を有するものであるが、右訴訟については、行政庁である収用委員会を関与させることなく、被収用者と起業者との間で争わせれば足りるとした同条の趣旨に鑑みるならば、土地収用法一三三条は、損失補償に関する紛争は、右当事者間において、全面的かつ終局的に解決することを予定するものと解され、そうである以上、同条に基づく訴えにおいて、あえて裁決を変更する旨の請求をその請求の趣旨に掲げるまでもなく、裁決を変更した結果の確認ないし金員の給付を求めることを認めたものと解するのが相当である。すなわち、土地収用法一三三条が、収用委員会がした裁決のうち損失の補償に関する部分については、収用委員会を被告とする抗告訴訟の判決の拘束力によって変更するものとはせずに、被収用者と起業者を当事者とする形式的当事者訴訟により、これを終局的に変更し得るものとした以上、同条に基づく訴訟においては、端的に、裁決が変更された結果の確認ないし金銭給付を求め得るものというべきである。

5  したがって、以下においては、以上の1ないし4に説示した理解を前提として、原告の主位的請求(金銭請求)について判断を進める。

三建物及び設備の移転料について

1 取得用地上に建物等の物件があるときは、土地収用法七七条に基づき、当該建物が移転後においても従前の客観的、財産的価値及び物的機能を失わないように、土地と建物の関係位置、構造、用途、工費その他の条件を考慮して、適切な移転工法を認定し、これに係る費用の補償をすべきものと解される。

更に、取得用地外の建物等の物件であっても、取得用地上の建物等と利用上の不可分一体性が認められるなど、客観的社会的にみて、通常は、取得用地上の建物を移転する場合には、取得用地外の建物等をも移転せざるを得ないものと認められる場合には、土地収用法八八条基づき、取得用地外の建物等についても、右と同様の考慮の下に、適切な移転工法を認定し、その移転に要する費用も補償すべきものと解される。

2 <書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、本件裁決は、移転対象物件、移転工法、移転対象物件の推定再建設費等について、概ね以下の認定判断の下に、第二の二の1の(一)ないし(三)の損失補償金額を算出したことが明らかである。

(一) 移転対象物件

本件起業地(本件収用土地)上の建物及び設備並びに隣接土地上の建物及び設備のうち、以下の物件を除いたものを移転対象物件とする。

(1) 事業認定後の増築部分

(2) 寄宿舎

(3) 井戸

(二) 移転工法は、再建工法を相当とする。

(三) 再建工法による補償金額

移転対象物件の現況把握を前提として、財団法人建物価格調査会編集の「建物物価」及び「建設工事標準歩掛」、同経済調査会編集の「積算資料」等の客観的な資料に基づいて積算された推定再建築費用(ただし、減価償却累計額の控除をしない新築費)に解体撤去費を加算し、鋼材等発生材売却処分費を控除した金額とする。

(四) 以上のとおり移転対象物件を再建工法によって再建するのに必要な設計監理費の額も、通常生じる損失と認め、補償対象とする。

本件裁決の右の認定判断は、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱及び同細則にも沿うものであるうえ、弁論の全趣旨によれば、本件裁決の移転対象物件及び移転工法の認定や、移転対象物件である平野工場の建物及び設備の推定再建築費、解体撤去費及び鋼材等発生材処分費の積算過程については、原告もその正当性を争う趣旨ではないものと認められることをも考慮すれば、本件裁決の右の認定判断は、右移転対象物件の客観的、財産的価値と建物としての物的機能を損うことなく、これを移転するために要する費用の額の認定として正当なものと認めることができる。

3  現状有姿再建論に対する原告の批判について

(一) 原告は、右補償金額によって平野工場を再建することは、経済的技術的に不可能であるとの趣旨の主張をする。

<書証番号略>、証人森脇浩洋の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、移転対象物件である平野工場の建物及び設備は、昭和二五年から三八年にかけて順次建築された複数の建物及び設備によって構成されており、これを物理的に再現することは、経済的技術的にみて、非合理的なことであることは、容易に推認することができる。しかし、証人竹本丈太朗の証言によれば、平野工場の建物及び設備をそのまま再建築することが、技術的物理的にみておよそ不可能なものであるということはできないうえ、原告は、右移転補償金をもって、自らが、最も経済的技術的に合理性があると判断する方法によって、建物及び設備の建築等を行なうことは可能なのである。そして、右2の(三)に認定した移転補償金の算定方法に鑑みると、右算定方法は、平野工場の建物及び設備の客観的財産的価値を適正に積算し、算定するものであって、右補償金をもって、原告自らが経済的技術的に合理性があると判断する方法によって、移転先に建築する建物及び設備は、移転対象物件たる平野工場のそれと客観的財産的にみて等価なものと評価することができるものというべきである。したがって、移転対象物件の推定再建設費に取壊工費を加算し、発生材価格を控除した金額をもって、移転対象物件を物理的に再現することが経済的技術的に不可能であることを理由とする原告の主張は、理由がない。

(二) 原告は、平野工場は、その建築後の建築基準法等の改正により、建築基準法等に適合しない、いわゆる既存不適格建物であり、その再現は、法的にも不可能であると主張する。

既存不適格建物の移築に伴い、これを法令の規定に適合させるために改善すべきことは、既存不適格建物の所有権に内在する制約であり、既存不適格建物の所有者に等しく課された義務であるということができる。しかも、改善の結果は、財産的価値として所有者に帰属するのであって、改善のために要する費用(以下「法令改善費用」という。)の額自体を、被収用者の損失と認めることはできない。したがって、既存不適格建物の移転料を算定するに当たり、その移転を法的に可能なものとするための法令改善費用それ自体を、移転料に加算すべきであるということはできない。

もっとも、既存不適格建物といえども、従前は適法な建物として存立を認められていたものが、収用を原因として、その構造の改善を要することになったのであるから、改善時期が繰り上がったことによる損失、すなわち、物件移転時期から、社会通念上、収用なかりせば改善を必要としたであろう時期までの期間の法令改善費用の運用利益相当額については、収用によって、土地所有者が通常受ける損失として、土地収用法八八条に基づき、その補償を要するものというべきである。原告は、平野工場が建築基準法等に適合しない点のある建物であることを指摘するに止まり、いかなる点において不適格建物であるのか、また、その法令改善費用の額について具体的主張しないので、右の観点から増額すべき補償金額を認定判断することはできないが、後記四に認定するように、収用に伴い支出を余儀なくされるものと認められる生産機能の回復に要する費用の運用益の補償を認めることによって、右の観点からする損失補償も十分に包摂するに足りるものというべきである。

4 生産機能の回復と建物及び設備の移転料等

原告は、原告が平野工場において有していた医薬品の生産機能を回復するに足りる工場建築に要する費用の額を、建物及び設備の移転料として補償すべきであると主張する。しかし、前記1に述べたように、建物移転料としては、移転後においても、当該建物が従前有した客観的、財産的価値及び物的機能を損なうことのないように、これを移転するために要する費用を補償すれば足りるものと解される。ここでは、移転対象となる建物及び設備自体の財産的価値ないし物的機能に着目して、補償金額を算定すれば足りるのであって、平野工場の生産機能を回復するために、原告に生じる損失の補償の要否の問題は、建物及び設備の移転料に関わるものではなく、原告が主張する損失が、本件収用によって、所有者が通常受ける損失として、土地収用法八八条により補償を要するものと認め得るか否かという観点から検討すべきものというべきである。したがって、この点については、後記四において、別途検討することとする。

5 以上のとおり、建物及び設備の移転料並びに右移転に伴い通常必要とされる設計監理料の補償については、本件裁決が認定した金額を増額すべき事由を認めることはできない。

四生産機能の回復に要する費用と損失補償

1 生産機能の回復に要する費用自体の補償の要否

(一)  原告は、平野工場の建物としての客観的、財産的価値及び物的機能の再現という観点からされる、建物及び設備の移転料等の補償だけでは、平野工場における医薬品の生産機能を回復することはできない、具体的には、原告が平野工場を製造所として製造許可を得ていた医薬品につき、移転先において新たに製造許可を得るためには、新工場建設のために、右移転料等を上回る費用の出捐が必要であるとして、平野工場における生産機能を回復するに足りる新工場建設に要する費用自体の補償を求める。

土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復を図ることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきものと解されること、このような観点から、土地収用法八八条をみてみると、右規定は、客観的社会的にみて、収用に基づき、被収用者が通常受けるであろう経済的、財産的損失につき、収用の前後を通じて被収用者の有する財産的価値を等しくならしめるに足りる補償をすべきことを規定するものと解するのが相当であることは、既に説示したとおりである。

右の理解を前提として考察するならば、原告が主張するように、平野工場を製造所として製造許可を得ていた医薬品につき、移転先において、新たに製造許可を得て、医薬品の製造を再開するためには、右移転料等の額を上回る費用(以下、この費用を「生産機能の回復に要する費用」ともいう。)の出捐が必要であるとしても、右費用投下したことによって、原告はその投下資本に見合う新工場(経済的、財産的価値)を取得することができるのであるから、生産機能の回復に要する費用の額自体を、原告の損失と認めることはできない。

(二) 原告の主張についての検討

(1) 原告は、原告の企業体としての公共性に照らすならば、本件収用においては、憲法二九条三項所定の「公共のため」の収用という要件は、生産機能回復に要する費用の補償をも要求するものと解すべきであるから、生産機能の回復に要する費用の補償を欠く場合、本件収用は、憲法二九条三項のいう「公共のため」の収用とは評価できないとの趣旨の主張する。

なるほど、私有財産権の侵害を伴う事業の公共性の有無は、当該事業により得られる国民生活上の利益と失われる利益との比較衡量によって判断されるべきことは原告主張のとおりであるが、当該土地収用が、土地収用法に基づく適法な事業認定及び収用裁決を経て行なわれる以上、当該土地収用は、「公共のために」行なわれるものというべきことが明らかであり、原告の右主張は独自の見解といわざるを得ず、採用できない。

(2) 原告は、原告の企業体としての公共性に照らすならば、原告に対する損失補償を検討するに当たっては、公共補償基準である「公共事業の施行に伴う公共補償基準要綱」(昭和四二年二月二一日閣議決定。以下「公共補償基準要綱」という。)に明示されている機能回復の原則に鑑み、原告が生産機能の回復に要する費用の額をその補償対象とすべきであるとの趣旨の主張もする。

しかし、原告の右主張も失当であることは、以下に述べるとおりである。<書証番号略>によれば、公共補償基準要綱は、公共事業の施行によって発生するいわゆる公共補償、すなわち、公共施設等に対する侵害の補償について、統一的基準を策定することによって、公共事業の円滑かつ適正な進行を図ることを目的とするものであって、同要綱が第一の目的とするところは、あくまでも、任意協議の段階における公共補償の統一的な基準を確保することにあり、そこに規定された損失補償基準をもって、これがそのまま憲法二九条三項及び土地収用法に基づく正当な補償の内容を規定するものとは解し難い。しかも、公共補償基準要綱が、土地収用法上の公共施設等に対する補償について、法解釈の一指針となり得るとしても、同要綱三条の規定上も明らかなように、同要綱にいう公共施設等とは、公共事業の用に供する施設(公共施設)及び村落共同体その他の地縁的性格を有するものが設置し、管理する施設で公共施設に類するものをいい、私人が設置する施設はこれに含まれないことが明らかである。右にみた同要綱の趣旨・目的及び規定内容に鑑みるならば、同要綱が、公共補償にあっては、既存公共施設等の有する客観的な市場価格としての財産的価値にとらわれることなく、その機能を技術的経済的に可能な範囲で、合理的な形で再現し、又は復元すべきものとしていることを根拠として、原告に対しても、原告が生産機能を回復に要する費用の補償をすべきであるとは、到底認め難い。

証人原田明治の証言及び原告代表者尋問の結果によって認められる、原告会社の経営姿勢、平野工場における主力商品であるノイロトロピンの医薬品としての独創性や有用性をいかに考慮しても、右判断を左右するには足りない。

(3) 原告は、土地収用の場合においては、憲法二九条三項に基づき完全な補償を実現することが必要であり、原告に対する完全な補償を実現するためには、生産機能の回復に要する費用を補償することを要する旨の主張もする。

土地収用の場合における損失の補償は、完全な補償であることを要することは、そのとおりではあるが、ここで、完全な補償とは、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償を意味すること、生産機能回復に要する費用の支出自体が損失に当たるとする見解は、これに見合う財産の取得を度外視するものであって採用し得ないことは、既に右(一)に説示したところから明らかであって、完全な補償を実現するためには、当然に生産機能の回復に要する費用の補償をも要するとの趣旨の原告の右主張も、これを採用することはできない。

2  生産機能の回復に要する費用の運用益相当額の補償の要否

(一) 以上のように、生産機能の回復に要する費用自体を、本件収用によって、被収用者が通常受ける損失と評価することはできないものの、<書証番号略>、証人日下部国夫、同森脇の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、平野工場において、二〇〇種類以上の医薬品の製造許可を受けていたこと、本件収用によって、原告は右製造許可に基づく医薬品の製造権を失い、移転先において、新たな製造許可を得る必要に迫られることは明らかである。そして、本件裁決当時の平野工場の状況や法制化されたGMPの実情を前提とするならば、原告が、移転先において新たな製造許可取得し、製薬工場としての生産機能を回復するために、客観的社会的にみて、通常、先に認定した移転費用等の外に、何らかの構造設備の改善費用の支出を余儀なくされるものと認められるならば、本件収用により右改善費用の支出時期が繰り上がった期間における、右改善費用の運用利益相当額は、本件収用により通常受ける損失として、その補償を要するものと解される。そこで、本件収用によって、原告が、かかる損失を受けると認められるか否かについて検討を進める。

(二) 後記各項掲記の証拠及び証人日下部、同森脇、同番匠谷敬三、同土田良一、同竹本、同鳥居塚武の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) わが国におけるGMP規制

GMPとは、一般に品質の良い優れた製品を製造するための要件ないし基準を意味するが、わが国においては、高い安全性と品質の保証を求められる医薬品について、優れた品質の製品を製造するために必要な製造所の構造設備や、製造管理及び品質管理全般にわたって、医薬品の製造を行なう者が守るべき要件ないし基準を意味するものとして理解されてきた。

わが国におけるGMP規制は、昭和五一年四月一日以降、「医薬品の製造及び品質管理に関する基準」(昭和四九年九月一四日付け各都道府県知事宛通知)及び「医薬品の製造及び品質管理に関する基準実施細則」に依拠して、行政指導の形で実施されてきたが、昭和五四年一〇月一日法律第五六号による薬事法の改正によって法制化された。すなわち、改正された薬事法の中で、医薬品の製造段階における品質の確保を図るため、同法一六条を改正して、従来行政指導の形で実施されてきた、医薬品製造所における医薬品の試験検査の実施方法、医薬品製造管理者の義務の遂行のための配慮事項等の医薬品製造業者の遵守事項(いわゆるGMPのソフト面)に関する事項が、新たに医薬品の製造管理及び品質管理規則(昭和五五年厚生省令第三一号)として定められ、同年九月三〇日に施行されるとともに、医薬品製造所の構造や設備に関する事項(いわゆるGMPのハード面)についても、薬事法一三条に基づいて既に制定されていた薬局等構造設備規則(昭和三六年厚生省令第二号)の中に、GMPのハード面の規定をすべて盛り込む改正(同五五年同省令第三二号)が行なわれ、同年九月三〇日から施行された。この結果、GMPの基本的要求である、①人為的誤りを最小限にすること、②医薬品に対する汚染及び品質低下を防止すること、③高度な品質を保証するシステムを設計することを具体化する薬局等構造設備規則並びに医薬品の製造管理及び品質管理規則の規定が整備された。(<書証番号略>)

(2) 平野工場の構造設備の状況

平野工場は、昭和二五年から三八年にかけて順次建築された複数の建物及び設備によって構成されていることは既に認定したとおりであるが、右認定のように、GMPが法制化される中で、平野工場においても、昭和五四年から同五七年にかけて、関係行政庁の指導の下に、GMP適合を目的とした改善が重ねられ、GMP適合工場として、継続して、医薬品の製造許可の更新を受けていた。

しかし、平野工場は、ノイロトロピンの生産量の急増を中心とする医薬品生産量の増加(<書証番号略>)に伴い、作業所の面積、作業ラインの不足等の問題を抱えていたうえ、平野工場は、GMP適合工場として、医薬品の製造許可の更新を受けてはいるものの、その構造設備面において、本来GMPが求めるところからすれば適切とは言い難い点のあることも否定できなかった。具体的には、①平野工場の作業ラインは、必ずしも製造工程に従って順序良く並んでいるわけではなく、物流や作業員の動きが交錯するなど、人為的誤りの排除と汚染防止の観点から規定された薬局等構造設備規則五条の二第一号の規定の趣旨からすれば、必ずしも適切な構造を有するものとはいえない点(<書証番号略>)、②ダクト、パイプ等の設備が露出しているところも多く、同規則五条三号へ本文には適合しないものの、清掃方法を製造管理衛生基準書に記載し、これを実施することによって、同条ただし書き該当性を肯定し得る状況にある点(<書証番号略>)、③平野工場の床材、壁材は、モルタル、ラワン合板、タイル等であり、形式的には薬局等構造設備規則五条三号、五の二第二号のニの(3)に適合はしているものの、GMP法制化後の新設製薬工場において一般的、常識的に採用されているエポキシ樹脂等化学合成樹脂による表面処理は未了である点、④同一の作業室を時間的に区分して異なる作業に利用することによって、同規則五条の二第二号ニの(2)の適合性を肯定し得る状況にある点などを指摘することができる。

このような状況の下にあって、原告の役員や平野工場の移転計画の策定に当たった担当者らは、平野工場は、構造設備上不適法とはいえないまでも、GMPに照らして妥当性を欠く点があるが、原告において、これらの点を補完すべく、製造管理衛生基準書に従った製造管理を現に実施し、事故なく医薬品の製造を行なっているという実績があることが、平野工場における医薬品の製造許可の更新に当たっては考慮されており、その結果、同工場の薬局等構造設備規則適合性が肯定されて、製造許可の更新を受けることができている、換言するならば、構造設備面での不備を、製造管理衛生基準書等に従って製造過程等の管理を適切に実施することによって補い、かろうじて、GMP適合性を認められているという面があると考えていた。

(3) 平野工場の移転計画とGMP規制

本件収用に伴う平野工場の移転計画の策定に当った原告の担当者らは、新工場を製造所として、円滑に医薬品の製造許可を受けられることを新工場建設計画上必須の条件として、GMPの解釈、GMP規制に係る行政指導の実情等の調査、関係行政庁との事前折衝、GMP法制化後の工場の新設例等の調査(<書証番号略>)や工場見学等を行なった結果、右(2)に認定したような平野工場の状況や、GMP規制の実情に鑑みると、右平野工場と同様の構造設備を有する工場をそのまま建設したのでは、平野工場におけるのと同様に医薬品の製造許可を受け、その生産機能を回復することは、到底不可能であるとの共通の認識を持った。そして、右認識を前提として、製薬工場の設計について相当の経験を有する安井建築設計事務所の担当者の意見も入れて、GMPに適合する新工場の設計を進めていった。

(4) GMP法制化後の製薬工場の建設等の実情

MGPの法制化後における薬事法に基づく厚生省の規制、とりわけ行政指導を通じてされる規制は、高品質な医薬品を製造するというGMP本来の目的に従って、年々強化される実情にあり、これに対応して、医薬品の製造許可に支障のない新設工場の水準も上昇しているとするのが、専門的に製薬工場の建設計画や設計を担当する者の認識であった。この認識は、薬局等構造設備規則の規定が数的に一義的なものではなく、規定の趣旨、目的に従った解釈の余地の大きな規定であることや、その制定経過、目的に照らすならば、行政指導を含めたGMP規制の実情に対する正当な認識と評価することができる。この点を若干敷衍するならば、例えば、同規則五条の二第一号は、その規定自体は、数的に一義的な基準を示すものではなく、その適合性の判定においては、製薬工場の平均的水準の上昇を前提として、許可権者の合目的的解釈も変動し得る規定であるということができるし、また、薬局等構造設備規則は、GMP法制化以前に建築された製薬工場についても、企業経営上、経済的にも対応可能な程度の改善によってGMP適合工場と認め得るようにするという政策的見地から、かなり幅のある規定がされているとの側面のあることも否定できず、同規則五条三号ホを例にとるならば、新設工場において、板張の床をもって医薬品の調整等の作業室を建設するようなことが、同規則五条三号ホの文言にもかかわらず言語道断であることは、専門的に製薬工場の建設計画ないし設計を業とする者のいわば常識であった。

(三)  右(二)の(1)ないし(4)に認定したところによれば、本件裁決時点における平野工場の状況を前提とするならば、これをそのまま移転先において再建したとしても、医薬品の製造許可を得ることは困難であるとの原告の移転計画担当者らの認識は、単なる主観的な認識ではなく、客観的な資料の調査に裏打ちされたものであり、かつ、専門的に製薬工場の建設計画や設計を担当する者の認識、ひいては、製薬業界の一般的認識とも一致するものであって、客観的社会的にみて、その妥当性を肯定することができる認識であるということができる。そして、本件裁決当時における、製薬業界のGMP規制についての右実情認識を前提とするならば、平野工場のような構造設備を有する製薬工場を移転する場合には、客観的社会的にみて、通常、移転先において新たに医薬品の製造許可取得し、製薬工場としての生産機能を回復するために、GMP規制の実情に即した構造設備の改善を行なわなざるを得ない事情にあったものと認められる。しかも、本件収用によって、右構造設備の改善時期が繰り上がることも明らかである。したがって、そのことによる損失、すなわち、平野工場のような構造設備を有する製薬工場を移転する場合に、その生産機能を回復するために、客観的社会的にみて、通常、支出を余儀なくされるものと認められる構造設備の改善費用を、収用なかりせば改善を必要としたであろう時期までの期間運用することによる利益(生産機能の回復に要する費用の運用利益)相当額については、収用によって、土地所有者が通常受ける損失として、土地収用法八八条に基づき、その補償を要するものというべきである。

(四)  この点につき、被告は、平野工場はGMP適合工場であったのであるから、原告がその移転先においてこれを再建すれば、医薬品の製造許可が取得できるはずであり、改善費用の投資を云々する余地はないと主張する。

なるほど、薬事法の規定をみる限り、既存のGMP工場における医薬品の製造許可の更新と新設工場における新規許可の要件に違いがあるわけではない。しかし、行政指導を含めたGMP規制の実情に関する製薬業界の認識とその妥当性に鑑みるならば、平野工場のような構造設備を有する製薬工場を移転する場合、客観的社会的にみて、通常、構造設備の改善のための費用を支出を余儀なくされるものと認められる以上、それが、厳密な意味において、移転に伴い、薬事法上、法的に支出を義務付けられる費用であるとまで認められなくとも、その支出が繰り上がった期間の運用利益相当額をもって「通常受ける損失」と認めるべきであって、これと異なる前提に立つ被告の右主張は、採用しない。

(五) そこで、平野工場のような構造設備を有する製薬工場を移転する場合に、その生産機能を回復するために、客観的社会的にみて、通常、支出を余儀なくされるものと認められる構造設備の改善費用の額について検討を進める。

原告は、小野工場は、平野工場と同一の機能を有する注射剤工場として必要最低限のものを選択して、総体として、GMPに適合するに足りる製薬工場として建設されたものであり、原告が移転先において、医薬品の生産機能を回復するに足りる工場を建設するためには、小野工場の建築費用及び設計監理料(以下、単に「小野工場建設費」という。)のうち、平野工場の床面積に相当する分の費用の支出が不可欠である旨主張する。

そこで右主張について検討するに、後記各項掲記のもののほか、証人森脇、同番匠谷、同土田、及び同竹本の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 本件収用に伴う平野工場の移転計画の策定に当った原告の計画担当者らが、新工場を製造所として、円滑に医薬品の製造許可を受けられることを新工場建設計画上必須の条件として、GMPの解釈、GMP規制に係る行政の実情等の調査、関係行政庁との事前折衝、GMP法制化後の工場の新設例等の調査や工場見学等を行なったことは、前記認定のとおりであるところ、右原告の計画担当者ら及び安井建築設計事務所の担当者は、右調査等の上に立って、常識的にみて標準的水準にあるGMP適合工場となるように、小野工場の建設計画を立案した。この際、原告の予算的な制約から、いわゆる贅沢を排除した設計に努めた。

(2) GMPの法制化後に新設された製薬工場の一平方メートル当たりの建築単価をみてみると、業界紙に紹介されたもので、建物及び機械を併せて概ね三〇万円ないし八〇万円程度であり(<書証番号略>)、安井建築設計事務所が設計を手掛けた製薬工場で、概ね二〇万円ないし二八万円程度である(<書証番号略>)のに対し、小野工場の建築費は、最終的には、平方メートル当たり約二九万円である(<書証番号略>)。原告が平野工場から機械及び装置を一部移転搬入したことや、建築費指数の変動(<書証番号略>)をも考慮して、これを比較対照すると、小野工場の建築費は、概ね標準的、平均的な水準にあるということができる。

右(1)及び(2)の事実に証人竹本及び同鳥井塚の各証言を総合考慮すると、小野工場は、本件裁決に定められた明渡時期において新築される製薬工場としては、標準的、平均的な水準にあるGMP適合工場であると認めることができる。

しかし、企業が、工場を新築する場合において、将来的な企業活動を展望して、技術の進歩、向上、生産量の増加等の事情の変化にも対応できるように、任意の企業判断において、将来に向けた設備の改善等の先行的投資をすることは経験則に照らして明らかであり、原告の小野工場建設準備委員会の委員長としてその建設計画立案の責任者であった証人森脇も、将来に向けた改善を折込んで小野工場の建設計画を立案したことは認める証言をしていることに加えて、以下に認定する事実をも考慮すると、客観的社会的にみて、原告が移転先において医薬品の生産機能を回復するに足りる工場を建設するために、小野工場建設費のうち平野工場の床面積相当額全額の支出が不可欠であるとまでは認め難い。すなわち、後記各項掲記の証拠のほか、<書証番号略>、証人森脇、同番匠谷及び同土田の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、小野工場の建設に当たって、企業としてのイメージアップを図るとともに、周辺環境への配慮にも十全を期するとの立場から、公害防止や周囲の環境との調和にも十分に留意し、①高品質の製品を製造するハイグレードなGMP注射剤工場とする、②長期的生産計画にも対応できる工場とする、③効率的生産、高品質を維持する合理的システム工場とする、④公害防止システムを完備し、地元住民に安心感を与える工場とする、⑤周囲の自然環境を生かした公園工場とする、以上の①ないし⑤を基本的な狙いとして、小野工場の建設計画を立案した(<書証番号略>)。

(2) 原告から示された右の右基本計画に従って、安井建築設計事務所が当初立案した基本設計によれば、その建築単価は平方メートル当たり二六万八四〇〇円であったが、原告の希望や要求を入れて最終的に合意された小野工場の建築費(平方メートル当たり約二九万円)は、右金額を上回るものとなった(<書証番号略>)。

(3) 原告は、小野工場の建設に当たって、平野工場に比べて不便な生活環境にある小野工場に移転する従業員に対する配慮から、福利厚生施設を充実させることにも意を用いた。

(4) 原告が主張する小野工場建設費用の中には、空調設備、冷蔵庫及び昇降機工事費が計上されているが、本件裁決においては、平野工場に設置されていたこれらの機器の再取得費相当額について、機械及び装置の移転費として補償が認められている(<書証番号略>)。

(5) 原告の主張する小野工場建設費用には、小野「緑園」工場の名の下に、三三〇〇万円余りにのぼる植栽工事費が計上されているほか、床材に大理石を使用している部分があるなど、生産機能の回復とは関わりのない費用も計上されている。

以上に認定説示したところに、<書証番号略>及び証人竹本、同赤坂繁雄の各証言によれば、小野工場の建設請負金額及び設計監理料それ自体は、同工場を建築するための費用としては妥当な金額と認められることを総合して判断するならば、小野工場の建設請負代金及び設計監理料の合計額のうち平野工場の床面積相当額と、本件裁決が認めた平野工場の推定再建築費用及び設計監理料合計額の差額の概ね五割に相当する限度において、客観的社会的にみて、通常、平野工場のような構造設備を有する製薬工場を移転する場合に、移転先において医薬品の生産機能を回復するために、支出を余儀なくされる構造設備の改善費用の額と認めるのが相当である。

<書証番号略>及び証人土田の証言に弁論の全趣旨を総合すると、小野工場の建設請負代金総額のうち平野工場の床面積相当額は一五億七六七九万三四七八円、設計監理料はその3.8パーセントに相当する五九九一万八一五二円であり、その合計金額は一六億三六七一万一六三〇円と認めることができる。他方、<書証番号略>に弁論の全趣旨を総合すると、本件裁決で認められた平野工場の推定再建築費は、建物及び設備の移転料合計六億五七七七万五六六一円から、その積算過程で積算項目に挙げられた解体撤去費合計四一三一万二〇〇〇円(<書証番号略>及び弁論の全趣旨により、同号証に積算された解体撤去費のうち、移転対象物件の解体費用の額に相当する金額は、原告主張の四一三一万二〇〇〇円を上回ることがないものと認める。)を控除した六億一六四六万三六六一円と認めるのが相当である。右六億一六四六万三六六一円と本件裁決で認められた設計監理料四一一九万三〇〇〇円の合計額である六億五七六五万六六六一円と、前記一六億三六七一万一六三〇円との差額の概ね五割に相当する四億八九五三万円が、客観的社会的にみて、通常、生産機能の回復のために、支出を余儀なくされるものと認められる改善費用の額というべきである。

(六) 最後に、本件収用の結果、どの程度の期間、生産機能の回復に要する費用の支出の時期が繰り上がったものと認められるかについて検討を進める。

原告は、右期間は、平野工場の主要部分を構成する製剤工場及び化成工場の法定耐用年数である一七年と認めるべきであると主張する。しかし、右主張は、以下の事実に照して首肯し難い。すなわち、後記各項掲記の証拠のほか、証人日下部、同森脇及び同番匠谷の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 平野工場は、昭和二五年から三八年にかけて順次建築された複数の建物及び設備によって構成されていることは既に認定したとおりであり、この中には、既に法定耐用年数を経過し、又は、近々法定耐用年数を経過するものと認められる木造の建物も含まれている(<書証番号略>)。

(2) ノイロトロピンの生産量の増加に伴い、平野工場は、作業所の面積、作業ラインの不足等の問題を抱えており、製造承認を申請中のノイロトロピンの錠剤の製造が承認された場合に備えた注射剤工場の新設は、既に昭和四〇年代から、原告の検討課題となっていた。

(3) このような中で、原告は、昭和四五年に小野の土地を取得し、同五一年三月には、その宅地造成を行なうべく、都市開発法に基づく開発行為の許可申請を行ない、同年六月に地鎮祭も終えた(<書証番号略>)。

(4) そして、同五二年には、平野工場の移転を検討するために生産システム研究グループが組織されて、平野工場の移転を前提とする組織的な勉強会が重ねられ、更に、同五四年四月には、社長室にシステム開発室が、同年七月には、生産本部に生産システム課が組織され、平野工場の移転準備作業を担当することになった。

前記(二)の(2)に認定した平野工場の構造設備の状況及び以上(1)ないし(4)に認定した事実に、小野の土地は、ノイロトロピンの注射剤製造工場用地として購入した旨の証人日下部の証言をも総合すると、本件裁決当時、平野工場は、GMP適合工場としての限界に近づき、原告としては、近々のうちに、工場の移転又は新設等の抜本的な改善を行なう必要に迫られていたものと認められる。右事実を基礎として判断するならば、客観的社会的にみて、本件収用によって、生産機能回復のための改善費用の支出の時期が繰り上がったものと認められる期間が、原告主張のように一七年にも及ぶとは認め難く、右期間は、五年を超えるものではないと認めるのが相当ある。

(七) したがって、原告が、本件収用によって、医薬品の生産機能を回復するために必要な改善費用を支出せざるを得なかったことによる実損は、右四億八九五三万円の五年間の運用利益に相当する金額と認めるべきであり、その金額は、右四億八九五三万円に商事法定利率年六分の割合を乗じた金額の五年分である一億四六八五万九〇〇〇円(4億8953万0000円×0.06×5=1億4685万9000円)となる。

よって、右一億四六八五万九〇〇〇円について、土地収用法八八条に基づき、補償金額の増額を認める。

五機械及び装置の移転料

1  裁決時点に設置がされていた機械及び装置の移転料

土地収用法八八条にいう「通常受ける損失」とは、裁決時点に存在する客観的事実を基礎として、客観的社会的にみて、通常採用されるであろう移転先、移転方法を採用して移転した場合に、被収用者が通常受けるであろうことが予想される損失を意味することは、既に説示したところであるが、これを、移転対象建物に設置された機械及び装置の移転料についてみてみると、裁決時点において、移転対象建物に設置されている機械及び装置は、客観的社会的にみて、通常は、建物と併せて移転対象となるものと認められるから、その移転料は、原則として、被収用者が通常受ける損失として、同条に基づき補償を要するものというべきである。

したがって、本件裁決において、その移転料の補償が認められなかった別表4記載の機械及び装置のうち、本件裁決の日である、昭和五七年七月一三日までに設置されたものの移転料は、後記3の(三)において判断をするような特段の事情のないかぎり、土地収用法八八条に基づき補償を要するものというべきである。

本件裁決も指摘するように、物件の確認及び補償金の算定に相当の期間を要することは明らかであって、現実に裁決をするに当たっては、一定の日時を限って、移転対象物件の調査をしたうえで、これを対象として、移転料を算定せざるを得ないことは十分に理解できるところであるし、多くの場合には、裁決に比較的接着した調査日における調査結果を基礎に物件移転料を算定することによって、これを適正に算定することができるものということができよう。しかし、土地収用法上、収用委員会の審理手続について、裁決の基礎とすることができる事実の時的限界を定める規定(いわば、訴訟における口頭弁論終結のような規定)がない以上、調査日以後裁決時点までに事実の変更があったことが立証された場合には、裁決時点に存在した変更後の客観的事実を基礎として、通常生じる損失の範囲を判断すべきことにならざるを得ない。したがって、右に指摘したような、裁決に当たっての現実的な事実把握の限界を考慮しても、右の判断を左右することはできない。

2 裁決後明渡期限までに設置された機械及び装置の移転料

原告は、本件裁決時点以後明渡期限までの間、平野工場において医薬品の製造を継続していくためには、恒常的に機械及び装置の買い換えや新設を行なうことが必要であって、このような必要に基づいて買い換えや新設をした別表4記載の機械及び装置は、本件裁決後に設置されたものといえども、その移転料の補償を要する旨の主張をする。

そこで検討するのに、裁決時点に存在する客観的事実を基礎として、客観的社会的にみて、通常であれば、明渡時期までに機械及び装置の買い換えや新設が行なわれるであろうことが予測されるならば、通常、買い換えや新設がされるであろうことが予測される範囲の機械及び装置の移転料もまた、土地収用法八八条に基づく補償の対象となるものと解される。

これを別表4記載の機械及び装置のうち、本件裁決後に買い換え又は新設された物件(以下「裁決後設置物件」という。)についてみてみると、証人杉山及び同生田は、裁決後設置物件の買い換えや新設は、平野工場の主力商品であるノイロトロピンの需要増大に対応した生産態勢を整えるために不可欠であった旨の供述し、原告は、右供述の説明資料として、<書証番号略>を提出する。しかし、本件裁決の時点において、ノイロトロピンの生産量の増大があったというだけでは、客観的社会的にみて、明渡時期までに裁決後設置物件の買い換えや新設が行なわれることが、通常の事態であるとは認めるに足りないものというほかはないし、本件裁決当時、原告が平野工場でそれまでどおりの操業を継続していくうえで、裁決後設置物件に匹敵するような設備投資が恒常的に必要であったとの事実が存在したことを裏付けるような的確な証拠はない。かえって、<書証番号略>及び証人番匠谷及び同土田の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下に認定説示するように、裁決後設置物件の中には、社研究所の新設や、平野工場の分離移転計画を念頭に置いて、そのための設備投資として買い換えや新設がされたのではないかとの疑念を抱かざるを得ない物件も含まれている。

(一) 原告は、昭和五四年頃から、社研究所の新設計画に本格的に取組み、同研究所に、平野工場の研究開発部門を移転するとともに、従来外部に委託して行なっていた検査、研究や、国際的な学術研究の交流をも行ない得るような新たな研究組織として、同研究所の新設計画を立案し、昭和五七年五月に、同研究所の建設工事に着工した。そして、同研究所は同五八年六月に開所したが、同研究所に備え付けられた機械及び装置については、その開所以前から順次、搬入、試運転が行なわれた。

右に認定した事実を前提として別表4を検討すると、同表95ないし114記載の機械及び装置は、いずれも、社研究所建設工事着工後その開所直前までの時期に購入され、現に同研究所に設置されているものであって、その購入時期に照らし、社研究所への備え付けを予定して購入したのではないかとの疑いを抱かざるを得ない。

(二) 原告は、本件裁決後の昭和五七年一一月、平野工場の移転準備を進める目的で小野工場建設準備委員会を組織し、本格的に平野工場の移転計画の立案を開始した。当初、同委員会は、平野工場の全面移転を前提に計画の立案に当たっていたが、同五八年一月頃には、予算面の制約から平野工場のうち、注射剤の生産部門のみを新工場に移転し、錠剤等は、隣接土地上の建物において製造を続ける方針を決定した。そして、別表4記載の機械及び装置の中には、小野工場工場に移設されたものもあるが、明渡期限後も、収用対象ではない隣接地上の平野工場の残存部分に設置されたまま、同工場において利用されているものも多い。

右事実に、別表4記載の機械及び装置の購入時期をも総合すると、別表4記載の機械及び装置のうち、工場欄に○印が付けられたものの中には、平野工場の残存部分において、注射剤以外の医薬品の製造を継続することを前提に、そのための設備投資として、購入された物件が含まれているのではないかとの疑念を抱かざるを得ない。

以上(一)及び(二)に認定説示したような事情をも考慮するならば、裁決時点に存在した客観的事実を基礎として、客観的社会的にみて、明渡時期までに裁決後設置物件の買い換えや新設が行なわれるであろうことが、通常の事態であるとは認め難いものというほかはなく、裁決後設置物件の移転料をもって、通常受ける損失ということはできず、右は、土地収用法八八条による補償対象とはなり得ない。

3 被告の主張に対する検討

(一)  不告不理の原則について

被告は、原告は、大阪府収用委員会における審理手続において、別表4記載の機械及び装置の移転料の補償請求をしていないのであるから、土地収用法四九条二項、四八条三項所定の不告不理の原則に照らし、本訴においても、その補償を請求することはできない旨を主張する。

しかし、土地収用法四九条二項、四八条三項は、明渡裁決おいて裁決すべき損失の補償総額について、当事者の申立てた範囲を超えて裁決をすることを禁ずるに止まるものというべきである。土地収用法上、被収用者は、同法四八条三項所定の書面において、物件を特定してその移転料を請求すべき旨を定めた規定のないことをも考慮すれば、被収用者においてかかる請求をしない限り、土地収用法八八条に基づき物件の移転料の補償を請求し得ないとの解釈は、到底採用できない。したがって、被告の右主張は、独自の見解であって採用できない。

(二)  土地収用法八九条一項による制約について

被告は、別表4記載の機械及び装置は、いずれも、事業認定の告示後に大阪府知事の承認を受けることなく設置された物件であるから、土地収用法八九条一項の趣旨に照らし、その移転料は補償対象たり得ない旨を主張する。

土地収用法八九条一項は、事業認定の付随的効果として、起業地について、事業に支障を及ぼすような土地の形質変更等を原則として禁止するとともに、当該行為をしようとする者は、特に都道府県知事の許可を受けなければならないことを定める。起業地といえども、それが収用されるまでは、本来自由な所有権の行使が認められるべきものである一方、起業地は事業認定によって、事業の用に供されることが決定されたわけであるから、社会的又は国民経済的見地からすれば、事業に支障を及ぼすような行為は抑制されるべきものである。そこで、同条は、知事の判断によって、財産権行使の必要性と国民経済的見地からするその抑制の必要性との調整を図ることとしたのである。右規定の趣旨からすれば、事業認定の効果の及ばない起業地外の土地の利用については、その付随的効果であるところの同条の制約が及ばないことはもちろん、起業地上の建物内への機械等物件の設置についても、それが、起業地そのものへの物件の設置に当たらない以上、同条の制約は及ばないものというべきである。

したがって、土地収用法八九条一項による制約をいう被告の右主張も、採用できない。

(三) 補償金の増額を目的とする機械及び装置の設置

被告は、原告が補償金の増額を企図して別表4記載の機械及び装置の買い換え及び新設を行なった疑いが濃厚であるから、信義則上、原告はその移転料の補償を請求できないとも主張する。もっぱら移転料の増額を企図して、裁決直前に物件の設置が行なわれたとの特段の事情が認められる場合には、当該物件の移転料は、信義則上補償の対象とはなり得ないものというべきであるが、別表4記載の機械及び装置が、かかる目的のために買い換え又は新設がされたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

4  増額すべき機械及び装置の移転料

以上に認定説示したとおり、本件裁決において、その移転料の補償が認められなかった別表4記載の機械及び装置のうち、本件裁決の日である昭和五七年七月一三日までに設置された機械及び装置については、その再建工法による移転料の補償をすべきところ、<書証番号略>に証人杉山の証言を総合すると、本件裁決の日である昭和五七年七月一三日までに設置されたものと認められる別表4の番号1ないし36記載の機械及び装置の再建工法による移転料として、その取得価格(ただし、買い換え物件である同表6ないし8及び10の機械及び装置については、本件裁決により認められた移転料と当該物件の取得価格との差額)に相当する、同表価格欄記載の金額を補償すべきものと認められる。

したがって、機械及び装置の移転料については、土地収用法八八条に基づき、右金額の合計額である九八二四万三五七六円の増額を認める。

六営業補償

1  土地収用法八八条によって補償されるべき営業上の損失補償

(一)  営業上の損失の判断手法

(1)  土地収用法は、被収用者が、現実に、採用した移転先、移転方法等を前提として、現に受けた損失を事後的に補償するとの立法政策は採用しておらず、裁決によって、損失補償金額を確定するとの立法政策を採用していること、土地収用法八八条にいう「通常受ける損失」とは、裁決時点に存在する客観的事実を基礎として、客観的社会的にみて、明渡時期に、通常採用されるであろう移転先、移転方法を採用して移転した場合に、被収用者が通常受けるであろうことが予想される損失を意味することは、二の2の(一)及び(二)に説示したとおりである。これを、本件のように事業の用に供されていた土地が収用された場合における、営業上の損失の補償について敷衍するならば、裁決時点における、被収用者の事業の内容、規模等を前提として、客観的社会的にみて、通常採用されるであろう移転先、移転方法を採用して移転した場合に、通常、被収用者が受けることが予測される営業上の損失が補償の対象となるものと解される。被収用者が、現実に採用した移転先、移転方法等の事実は、客観的社会的にみて、通常採用されるであろうそれや、その場合における損失を認定するための一判断資料になり得るにすぎないものと解するのが相当である。

(2)  右の観点からする法人の営業上の損失金額の認定資料について検討すると、継続して事業活動を行なう企業は、その後の事情変更を予測すべきような特段の事情のない限り、明渡時点において、裁決時点ないしその直近数年の平均的営業状態と概ね変らない営業状態を維持していると推定するのが相当であるから、原則として、裁決直近又はその直近数年の平均的経営状態を数的に表す右事業年度の決算書類を認定資料として、明渡しに伴う営業上の損失金額を算定すべきものといえる。しかし、裁決時点において、当該企業の生産額や収益が上昇又は下降しているというような特段の事情が認められる場合には、営業上の損失金額の認定に当たっても、右特段の事情を考慮して、明渡しに伴う営業上の損失を認定すべきものと解される。

したがって、本件においては、本件裁決直近の事業年度である五三期の決算を基本資料として、右特段の事情の有無をも考慮して、原告の営業上の損失を認定すべきものというべきである。

(二) 原告及び被告の各主張についての検討

(1) この点につき、原告は、明渡時点における原告の経営状態は、明渡期限に最も接着した五五期の決算書類によって認定すべき旨の主張をする。原告の右主張は、口頭弁論終結時点において認められる事実を基礎として、収用と相当因果関係があるものと認められる損失をもって、土地収用法八八条にいう「通常受ける損失」と解すべきであるとする見解に立脚するものであって、これを採り得ないことは、既に二の2において説示したところから明らかである。

(2) 他方、被告は、裁決後における事業状態の変動を考慮に入れることは、土地収用法七三条の規定に照らして認められないとの趣旨の主張をする。しかし、土地収用法七三条は、補償金算定に当たっての「価格」に関する規定であって、裁決時点における価格水準によって損失金額を算定すべきこと、すなわち、裁決時点後明渡時点までの間の物価変動は損失金額算定に当たって考慮すべきではないことを規定するにすぎないものと解される。裁決時点に存在する客観的事実を基礎として、明渡時に被収用者に生じるであろう損失という将来の事実を予測、認定するに際し、右基礎事実に基づいて認定し得る事情の変動を考慮することは、同条の規定に何ら抵触するものではない。

(三) 本件裁決が、平野工場の移転工法として、建物及び設備並びに機械及び装置については、再建工法を採用したことは、客観的社会的にみて適切妥当なものであり、この点については、原告においても争う趣旨ではないものと認められることは三の2に認定したとおりであるから、平野工場の建物及び設備並びに機械及び装置が、再建工法によって移転先に再建されることを前提として、右に(一)に説示したところに従って、原告が土地収用法八八条に基づいて補償されるべき営業上の損失に対する補償について検討を進める。

2  平野工場の操業停止期間

(一) 段階的移転工法の採用の可否

本件裁決が、平野工場の主力製品であるノイロトロピンの製造工程を念頭に置き、その操業を製造工程に従って順次停止しながら、停止した工程の動産を新工場に移設し、移設が完了した工程から新工場における操業を開始するという段階的移転工法を前提として、最初の移転対象工程の動産移転に要する一〇日間をもって、平野工場の移転のために必要な操業停止期間と認め、操業停止による営業上の損失を算定したことは、当事者間に争いがない。

<書証番号略>、証人岩田雅雄の証言に弁論の全趣旨を総合すると、段階的移転工法は、理論上は実施が可能な移転のモデルであると認めることはできるものの、以下の(1)及び(2)に認定説示するように、右モデルに従って平野工場の動産移転を行なうことは、GMPに照らし妥当なものとはいえないのみならず、多大の工夫をもって初めて実現が可能となり得るものといわざるを得ず、建物及び設備並びに機械及び装置の再建工法による移転を前提としたとしても、段階的移転工法が、客観的社会的にみて、通常であれば採用されるであろう移転工法であるとは到底認め難い。すなわち、後記各項掲記の証拠のほか、<書証番号略>、証人森脇、同番匠谷、同鳥居塚及び同岩田の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおり認められる。

(1) 製薬工場の製造所については、法制化されたGMPによる規制がされていることは既に認定したとおりであり、右規制に抵触することなく、一つの製薬工場内おいて、一方において生産活動を継続しながら、他方で動産の移転作業を行なうことは、机上の議論としての実現可能性の有無は別として、これを現実に行なうことは、常識的にみて、極めて困難であることは明らかである。すなわち、平野工場は、製造の細部工程ごとに区分されており、各部屋に設置された動産類は、いずれも汚染のないものであること、細部工程ごとの動産量はそれほど多くはないものの(<書証番号略>)、通常は、動産移転に伴い汚染された梱包資材や台車の搬入が行われるであろうこと、動産移転に従事する作業員に、製薬工場の各ゾーンごとに求められる清浄度の保持や医薬品の製造過程の汚染防止に注意を払った行動を期待することは困難であることなどの事情を考慮すると、医薬品の生産活動と併行して、同一工場内の動産全部を移転することは、GMPに照らし、通常は採り得ない移転方法というべきである。

(2) また、単純にノイロトロピンの基本的製造工程ごとに移転を実施したのでは、<書証番号略>によるモデルのように、平野工場の操業を製造工程ごとに停止した後、最初の移転対象工程の動産移転に要する日数だけの操業停止によって、間断なく移転先における操業を開始することは、算術的に不可能であり、右モデルのように平野工場の移転を実施するためには、製造の細部工程にまで移転対象を分割した段階的移転を計画するなどの多大の工夫を要することが明らかである。

(二) 客観的社会的に相当な移転方法

右(一)の(1)及び(2)に認定した事実に加え、<書証番号略>、証人森脇及び同番匠谷の証言に弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

(1) 平野工場の主力製品であるノイロトロピンの基本的製造工程は、第一ないし第七工程までに区分されており、各工程ごとに中間製品が製造されている。

(2) 経済的合理性の観点からすれば、各製造工程における仕掛品の発生を回避した移転を実施するのが妥当であって、そのためには、製造工程ごとに順次操業を停止するのが相当である。

(3) 現に、原告は、平野工場の操業を製造工程ごとに順次停止した後、動産の一斉移転を行なった。

これらの事実を総合すると、平野工場の移転については、平野工場の操業を製造工程ごとに順次停止し、その後、動産の一斉移転を行なった後、移転先工場において、製造工程ごとに順次操業を開始することが、客観的社会的にみて相当な移転方法であって、通常、採用される移転方法と認められる。

(三) 客観的社会的にみて通常必要な操業停止期間

右(二)に認定した移転方法を前提として、客観的社会的にみて必要な操業停止期間を検討する。後記各項掲記の証拠及び<書証番号略>、証人森脇、同番匠谷、同鳥居塚の証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 先に認定したノイロトロピンの製造七工程の内容、所用日数は、①第一工程・家兎入荷から接種(七日)、②第二工程・接種後飼育から処理(六日)、③第三工程・薬品処理、抽出及びろ過等(一三日)、④第四工程・保冷(八日)、⑤第五工程・吸着から原液試験(八日)、⑥第六工程・原液調整及びアンプル充填(二日)、⑦第七工程・検査及び包装(四日)の合計四八日であり、このうち、第一工程は、家兎の飼育所であるMRセンターで行なわれており、第二工程から第七工程までの製造工程が平野工場において行なわれていた。したがって、平野工場の操業を順次停止し、その後動産を一斉に移転した後、移転先において順次これを再開する場合、計算上七二日間(第二ないし第七工程までの所用日数の二回分八二日から、第二工程の所用日数六日及び第七工程の所用日数四日を差引いた日数)にわたり、一部工程の操業が停止した状態となる。

(2) 本件においては、合計2577.869立法メートルに相当する動産が移転対象であり(<書証番号略>)、仮に、右動産を製造工程ごとに分けて移転した場合には、それぞれの製造工程の移転につき、①動産の梱包に一日、②動産の運搬に一日、③動産の整理に一日、④移転先の清掃及び消毒に三日、⑤清浄空気の送風に一日、⑥塵埃・落下細菌試験に三日の合計一〇日を要する。

(3) 製薬業界においては、医薬品の製造については、GMPによる法的規制はもとより、バリデーションと呼ばれる製造指針が一般化しつつあり、ここでは、設計された品質規格、あるいは、合理的な評価基準に適合した製品を恒常的に生産するという工程の再現性と信頼性を保証するために、達成すべき品質特性に影響を与える可能性のある製造工程の要因の一つ一つについて、科学的根拠、妥当性をもって確認を行ない、最終的に製品品質を保証すること、及び、その証拠を文書で示すことが求められており、かかる観点からすれば、新設工場における医薬品の製造開始に当たっては、いきなり一〇〇パーセントの操業を開始することは、事実上不可能であり、稼働率を落とした操業を行ないつつ、右のような確認を行なっていくことが、一般的に求められている。

(4) 平野工場が医薬品の製造工場であるという性質上、移転先における操業開始に先立って、製造試験を実施する試験操業期間が必要であること、右試験操業は、平野工場における操業と併行して開始し、平野工場の動産の一斉移転開始前に完了することが相当であることは、後記6の(一)及び(二)に認定するとおりであり、試験操業の実施のために平野工場の操業にも若干の影響があることが想定できる。

(5) 現実に、原告は、平野工場の移転に際し、移転前一〇か月(昭和六〇年一月から同年一〇月まで)の平野工場の生産金額を前提とすると、4.7か月分の生産減少をきたしており、(<書証番号略>)、移転前一〇か月の生産金額の中には、ストック生産分が概ね二割程度含まれている(<書証番号略>)ことを考慮しても、その生産量減少は、移転前の実績の四か月分程度にはなる。

以上(1)ないし(5)の事実に加え、被告が、大阪府収用委員会の審理においては、平野工場の移転のために二か月程度の操業停止が必要であるとして、原告の営業上の損失を見積もっていたことは当事者間に争いがないこと、建物、機械、電気の移転費用の鑑定に当たったサンコーコンサルタントの鑑定担当者は、平野工場の動産の移転作業自体に、概ね三週間程度を要する旨の意見を有していた(<書証番号略>)ことをも考慮に入れて判断するならば、平野工場の動産移転のための完全操業停止期間に加え、平野工場の操業と併行して試験操業を行なうことによる生産能力の低下、平野工場の操業の順次停止、順次再開による操業の縮小等を通算して、平野工場の移転により、同工場の二か月間の操業停止による営業上の損失に相当する損失を生じるものと認めるのが相当である。

3  固定経費補償

(一) 固定経費補償の必要性

(1)  製造経費及び研究経費の補償について

収用に伴う移転のため、当該企業の生産活動や研究活動が停止ないし縮小を余儀なくされる場合には、右活動停止にもかかわらず、毎期固定的に支出が見込まれる経費(固定経費)については、これを補償することを要するものと解される。

この点につき、<書証番号略>には、右固定経費が売上によって回収されないと認められる場合に限り、固定経費は補償対象となるのであって、操業停止前のストック生産によって、操業停止期間内も営業活動ないし販売活動が維持できる場合には、操業停止期間中にも支出が見込まれる固定経費は、右営業・販売活動によって回収される関係にあり、補償対象とはならないとの趣旨の見解の記載がある。しかし、一般に、製造販売業においては、製造経費や研究経費の支出に見合う生産活動や研究活動が行なわれ、その成果である製品が生み出されることを前提に、その製品(製造経費や研究経費が転嫁された製品)が販売されることによって、右経費が回収されるという経済構造を有するものと理解すべきである。製造経費や研究経費の支出にもかかわらず、生産活動や研究活動が行なわれない以上、右経費の支出に見合う成果はなく、営業・販売活動による経費の回収も行なわれ得ないものというほかはない。ストック生産によって、生産活動の停止期間中も営業・販売活動が維持できるとしても、右営業・販売活動によって、回収されるのは、ストック生産に係る製造経費であって、操業停止にもかかわらず継続して支出がされる経費ではないのである。以上の次第で、<書証番号略>の右見解は採用しない。

(2)  販売費及び一般管理費について

次に、企業の営業活動一般の進行に伴って発生する費用項目である販売費及び一般管理費については、当該企業の生産活動の停止に伴って、営業・販売活動一般も停止ないし縮小せざるを得ないという関係にある場合に限り、これも補償対象となると解すべきである。仮に、生産活動を停止しても、ストックの販売等によって、平常どおりの営業活動を維持できると認めることができる場合には、販売費及び一般管理費は、右営業活動を通じて回収し得る関係にあるから、ここで支出される販売費及び一般管理費につき、当該企業に損失が生じたとは認め難いものといえよう。

(3) 以下においては、右の観点から、原告の主張にかかる固定経費補償についての検討を進める。

(二) 平野工場の製造経費

(1) 減価償却費以外の固定経費

平野工場の製造経費のうち、平野工場の操業停止にもかかわらず、固定的にその支出が見込まれるものと認められる別紙営業補償計算書記載の経費項目のうち、減価償却費以外の固定経費については、<書証番号略>によって認められる五三期の実績金額(ただし、水道光熱費は、<書証番号略>及び弁論の全趣旨により、原告が主張する実績金額の一〇パーセントを下回ることのない金額が固定的に支出されるものと認め、実績金額の一〇パーセントに相当する金額)の二か月分に相当する金額が、補償対象となるものと認められる。

(2) 減価償却費の補償の要否

平野工場の製造経費中、減価償却費(五三期決算書添付の製造原価計算書記載の減価償却費から、特別減価償却引当金を控除した金額)につき、被告は、移転対象となる平野工場の減価償却資産については減価償却費の補償を要しないと主張する。なるほど、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の実施基準を定める公共用地の取得に伴う損失補償基準(以下「用対連基準」という。)及び同基準細則(<書証番号略>)によれば、一般には、休業補償の算定に当たって、移転対象となる建物の減価償却費の補償を要しないものとして補償実務が運用されていることが認められる。しかし、右運用は、移転対象となる建物については、休業中に移転が実施され、かつ、その移転料として補足材、価値補償をするので、休業期間中の減価償却を生じないことを根拠にするものと解される。しかるに、平野工場の移転については、移転先工場の再建後に、動産の移転のために操業停止期間が開始するものとして操業停止による営業上の損失を算定すべきこと、平野工場の操業と併行して試験操業を行なうことによる若干の生産能力の低下や平野工場の操業の順次停止、順次再開による操業縮小等を通算して、二か月間の操業停止に相当する営業上の損失を生じるものと認めるべきことは、既に認定したとおりである。右認定を前提とする以上、操業停止期間中においても、平野工場の減価償却資産については、移転先において、試験操業や段階的操業開始による摩耗並びに期間経過による減価を生じるものと認められる。もっとも、試験操業及び段階的操業開始による摩耗の程度は、全面的操業によるそれには及ばないことは明らかであるから、平野工場の減価償却費については、五三期の実績金額の五〇パーセントに相当する金額の二か月分が、補償対象となるものと認めるのが相当である。

他方、原告は、減価償却費は、現実の稼働(使用)量に応じて増減されるわけではなく、使用期間に応じて計算されるのが現実の姿であるから、短期間の稼働停止又は縮小によって減価償却費の額に変動を生じることはない旨の主張をする。しかし、決算処理上、原告主張のような減価償却費の計算がされるからといって、現実に、減価償却資産についてその計算どおりの減価が生じるということにはならない。ここでは、操業停止中にもかかわらず、現実に生じる減価が補償対象となるべきことは明らかであって、決算処理上の減価償却費が補償対象となるのではない。このような観点からすれば、操業停止ないし縮小期間中の減価が、全面的操業期間中のそれに及ばないことは明らかである。したがって、原告の右主張も採用しない。

(3) 平野工場の生産金額の上昇と製造経費の増加予測

<書証番号略>によると、本件裁決当時、平野工場の生産金額は、年々一五パーセントから二〇パーセントの割合で順次上昇していたことが認められる。生産金額の上昇に比例して、直ちに右に補償項目として認めた固定経費の金額が上昇するとは認め難いもの、生産拡大に伴い、通常は、機械等の減価償却資産の増加や労務費の増加に随伴する福利厚生費の増加などがあり得るものと認められる。右事実に鑑みると、明渡時における平野工場の製造経費補償額を算定するに当たっては、右(1)及び(2)の認定金額にその一〇パーセントを加算するのが相当である。

(三) 研究経費

(1) 研究経費の補償の必要性

<書証番号略>及び証人森脇、同番匠谷、同土田の各証言によれば、本件裁決当時、原告の医薬品の研究開発活動は、平野工場内の研究所において行なわれていたことが認められる。本件裁決時に客観的に存在した右事実を基礎として判断するならば、平野工場の移転に伴い、同工場内において行なわれていた医薬品の研究開発活動も、通常は、活動を停止せざるを得ないものと認めるのが相当である。したがって、研究経費中、右研究開発活動の停止にもかかわらず固定的に支出が見込まれる経費も、補償対象となるものというべきである。

もっとも、<書証番号略>、証人森脇及び同番匠谷の証言によれば、原告は、平野工場の移転に先立つ昭和五八年六月に、社研究所を完成させ、平野工場の研究開発部門は、同研究所に吸収されたため、事後的にみれば、平野工場の移転にもかかわらず、研究開発活動は停止することなく継続することができたものと認められる。しかし、このように、平野工場の移転に伴う研究開発活動の停止を回避できたのは、原告が本件収用とは関係なく、社研究所を開設したという事後の特殊事情によるものである。既に説示したように、土地収用法八八条に基づく損失補償は、裁決時点に存在する客観的事実を基礎として、明渡時に生じる損失を予測して、これを確定すべきものである以上、右のような事後的特殊事情は、先の認定を左右しない。

(2) 研究開発活動の停止期間

平野工場の移転に伴う研究開発活動の停止期間について検討を進めると、前記2の(一)及び(二)に認定した事実に加え、研究開発活動については、医薬品の製造とは異なり、仕掛品の発生回避のために製造工程ごとに順次操業を停止する必要性や、研究開発活動再開時において活動率を抑える必要性もないことを考慮すると、客観的社会的にみて相当な研究開発活動の停止期間は、一か月に止まるものと認めるのが相当である。

(3) 補償金額

右に認定したところを前提にすると、研究経費のうち、減価償却費を除く固定経費については、<書証番号略>によって認められる五三期における実績金額(ただし、水道光熱費については、(二)の(1)に認定したのと同様に実績金額の一〇パーセント)の一か月分に相当する金額が、補償対象となるものと認められる。

また、減価償却費については、(二)の(2)に認定したのと同様に、減価償却資産の期間経過による減価分として、五三期の実績金額の五〇パーセントに相当する金額の一か月分が、補償対象となるものと認めるのが相当である。

(四) 串木野工場の製造経費

証人森脇の証言によれば、原告の串木野工場では、原料医薬品であるパンクレアチンの製造及びオルターゼNの糖衣直前の段階までの製造を行なっていたこと、オルターゼNの糖衣は、平野工場で行なわれていたことが認められる。しかし、糖衣工程は、製品完成の最終段階にすぎないこと、串木野工場は、平野工場と地理的にも大きく離れた独立の製造工場であることを考慮すると、右の事実だけから、客観的社会的にみて、通常であれば、平野工場の操業停止に伴い、串木野工場の操業も停止せざるを得ないものとは到底認め難い。

したがって、串木野工場に係る固定経費は、平野工場の操業停止により通常受ける損失と認めることはできない。

(五) 販売費及び一般管理費

(1) 販売費及び一般管理費は、企業の営業活動の進行に伴って発生する費用項目であり、当該企業の生産活動の停止に伴って、営業・販売活動も停止ないし縮小せざるを得ないという関係にある場合に限り、補償対象となると解すべきことは(一)に説示したとおりである。これを本件についてみてみると、後記5に認定説示するとおり、客観的社会的にみて、原告は、平野工場の操業停止期間中も、ストックの販売等の営業・販売活動を継続することは可能であるものの、主要工場である平野工場の操業停止の影響によって、一〇パーセント程度の活動率の低下は不可避であると認めるのが相当である。したがって、営業活動率の低下にもかかわらず固定的に支出が見込まれる経費については、右活動率の低下の限度で補償対象になると解される。

(2) 補償項目及び補償金額

ア エアロピュール事業部経費について

原告の営業・販売活動のうちエアロピュール事業部のそれは、平野工場の操業停止と関係がないことは、原告が自認するので、<書証番号略>によって認められる五三期の販売費及び一般管理費の実績金額から、<書証番号略>によって認められるエアロピュール事業部のそれを控除した金額を固定経費補償算定の基礎とする。

イ 法人事業税について

原告主張の経費項目のうち、法人事業税(<書証番号略>によれば、正確には法人事業税引当金)は、補償対象と認めない。すなわち、法人事業税は、当該法人の事業所得金額に応じて課税されるものであって、営業・販売活動の有無にかかわらず、固定的に課税されるものではない。しかも、後記5の(五)の(2)に説示するとおり、右金額は、原告の収益額算定に当たって、経費の額に算入しないのであるから、右金額について、これを固定経費と認め、固定経費補償の対象とすべきものとは認め難い。

ウ 水道光熱費について

原告主張の経費項目のうち、水道光熱費については、前記(二)の(1)に認定したのと同様に、営業活動の程度にかかわらず固定的に支出が見込まれる金額は、<書証番号略>によって認められる実質金額の一〇パーセントを下回ることはないものと認め、これを固定経費補償算定の基礎とする。

エ 手形割引料について

原告主張の経費項目のうち、手形割引料は、手形の割引を受けるときに金融機関に対して支払う一種の利息であり、商品代金の支払のために交付を受けた手形の現金化の過程で支払われるなど、営業活動上の取引関係から、必要に応じてその都度発生する費用であるから、固定経費には該当しないものというべきである。

この点につき、原告は、固定経費の支払のために発生する分は固定経費として経費補償の対象になると主張するが、手形割引の動機にまで遡って、これが固定経費に当たるか否かを判定すべきとの趣旨の右主張は独自の見解であって、採用できない。

オ 減価償却費及び宣伝広告費について

原告主張の経費項目のうち、減価償却費及び宣伝広告費については、平野工場の操業停止期間中も、原告の営業・販売活動は継続することを前提にするのであるから、<書証番号略>によって認められる五三期の実績金額を、固定経費補償算定の基礎とするのが相当である。

カ その他

別紙営業補償計算書記載のその他の経費項目については、いずれも、原告の営業活動率の低下にもかかわらず固定的に支出が見込まれるものと認め、<書証番号略>によって認められる五三期の実績金額を、固定経費補償算定の基礎とするのが相当である。

右アないしカに認定説示した基礎数値の一〇パーセントに相当する金額の二か月分が、販売費及び一般管理費のうち、補償を要する固定経費の額と認められる。

(六) まとめ

以上(二)ないし(五)に認定説示したところに従って、平野工場の操業停止に伴い補償を要する固定経費の額を算定すると、別紙営業補償計算書記載のとおり、平野工場製造経費五七八四万三九八四円、研究経費二九八万七四八五円、販売費及び一般管理費一六三二万七八六一円、以上合計七七一五万九三三〇円となる。

4  給与手当

(一) 平野工場の従業員に対する休業手当相当額の補償

平野工場の操業停止期間中、同工場の従業員が本来の生産活動に従事できないことは明らかであるが、この場合においても、客観的社会的にみて、原告は、少なくとも、その主張にかかる二か月分の休業手当相当額(給与手当の八〇パーセント)を下回ることのない金額を、右従業員らに対して支払わなければならないものと認められる。

そして、3の(二)の(3)に認定した平野工場の生産金額上昇の事実に加え、<書証番号略>によると、本件裁決当時、原告の従業員数は年々五パーセントから一〇パーセントの割合で増加していたことが認められることをも考慮すると、明渡時における平野工場の従業員に対する休業手当相当額を算定するに当たっては、<書証番号略>によって認められる五三期の実績金額を基礎に算定した休業手当相当額に、その一〇パーセントを加算した別紙営業補償計算書記載の金額を補償すべきものと認められる。

(二) 研究開発活動従事者に対する休業手当相当額

3の(三)に認定したように、本件裁決時点に存在した客観的事実を前提とするならば、平野工場の操業停止に伴い、平野工場内で行なわれていた研究開発活動も一か月間の停止を余儀なくされる。したがって、<書証番号略>によって認められる五三期の実績金額を基礎として算定される、右活動に従事する従業員に対する一か月分の休業手当相当額である別紙営業補償計算書記載の金額も、補償対象と認められる。

(三) 串木野工場の従業員に対する休業手当相当額の補償の要否

3の(四)に認定説示したとおり、客観的社会的にみて、平野工場の操業停止に伴って、串木野工場の生産活動が停止するとは認め難いから、その従業員に対する休業手当相当額については、平野工場の操業停止により通常受ける損失とは認められない。

(四) 販売管理部門の従業員に対する給与手当の補償

後記5に認定説示するとおり、原告の主要工場である平野工場の操業停止の影響によって、その操業停止期間内においては、営業・販売活動も、一〇パーセント程度の活動率の低下が不可避であると認められるから、その間の給与手当の一〇パーセントに相当する金額が、原告の損失と評価することができる。したがって、<書証番号略>によって認められる五三期の実績金額の一〇パーセントに相当する別紙営業補償計算書記載の金額が、補償対象となる。

(五) まとめ

以上(一)ないし(四)に認定説示したところに従って、平野工場の操業停止に伴い補償を要する給与手当の額を算定すると、別紙営業補償計算書記載のとおり、平野工場従業員分八〇〇〇万五一二六円、研究開発活動従事者分一五六八万五五三三円、販売管理部門従業員分一八五九万四八二二円、以上合計一億一四二八万五四八一円となる。

5  利益補償及び得意先損失補償等

(一) 生産活動の停止と収益補償の関係

当該企業の置かれた客観的社会的状況を前提とした場合に、通常、生産活動の停止により、営業・販売活動も停止ないし縮小を余儀なくされ、収益の減少や得意先の喪失を生じるものと認められる場合には、その収益減少や得意先喪失による収益の減少は、通常受ける営業上の損失として、補償の対象となると解される。他方、被告がその主張において援用する<書証番号略>が指摘するように、当該企業の置かれた客観的社会的状況を前提とした場合に、生産部門の操業停止に備え、ストックの生産等製品の供給停止を回避するための措置が採られるのが、通常の企業判断であると認められる場合には、通常採られるであろう供給停止回避措置を採るための増分経費等が補償の対象となるものと解される。

右の観点から、平野工場の操業停止による利益補償及び得意先喪失補償の要否並びに供給停止回避のための増分経費等の補償の要否について検討を進める。

(二) 供給停止回避のための増分経費等の補償の必要性

後記各項掲記の証拠のほか、証人森脇の証言に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 一般に、医薬品の供給停止は、医業及び患者に与える悪影響が大きいため、供給停止を回避する必要性が高く、医薬品の製造工場の移転に当たっては、供給停止を回避するために、社会通念上相当と認められる範囲の企業努力が尽くされるのが通常であるといえる。

(2) 平野工場の主力製品であるノイロトロピンは、多くの医療機関において広範に使用されている医薬品であり、その売掛先の中心は、医療機関である。ノイロトロピンは、その医薬品としての独創性や有用性の故に、類似品ないし代替品のない医薬品であって、本件裁決当時、その生産量及び売上高は年々増加している状況にあった(<書証番号略>、証人日下部、同原田の各証言)。

(3) 一般に、原告程度の規模を有する企業は、需要の増減に対応するために、一定の生産余力を有しているのが通常である。現に、原告は、本件裁決当時、通常の生産態勢の下においても年間売上金額高の約五パーセントの製品在庫を有しており(<書証番号略>)、年間の売上金額の約二五パーセントに相当する増産を可能とする生産余力を有していた(<書証番号略>)。

(4) 一般に、医薬品は、食料品等に比べて有効期間が比較的長い商品が多いところ、平野工場の主力製品であるノイロトロピンは有効期限が特に定められておらず、商品ストックが可能な製品である(<書証番号略>)。

(5) 原告は、全国に約二〇か所の営業拠点を有し(<書証番号略>)、商品のストックさえあれば、営業・販売活動を継続し得る人的物的能力を有していた。

(6) 原告は、平野工場の操業停止に備えて、操業停止の一年余り前から、ストックの生産を進め、昭和六〇年におけるノイロトロピンの総生産量約八〇〇〇万アンプルの内約一六〇〇万アンプルをストックに充て、その供給停止を回避し得た(<書証番号略>)。

以上(1)ないし(6)の事実を総合すれば、客観的社会的にみて、通常は、医薬品の製造工程の移転に伴う操業停止に当たっては、製品の供給停止を可及的に回避すべく、社会通念上相当な企業判断に基づく措置が採られるべきものと認められる。そして、右に認定したノイロトロピンの非代替性や原告が客観的に有する生産余力や営業力に加え、本件決裁から明渡期限までの期間をも考慮するならば、平野工場の操業停止に備え、その操業停止期間である二か月分の生産高に相当するストックを増産し、その営業・販売活動を継続することが、社会通念上相当な企業判断であると認めるのが相当である。

この点につき、原告は、右のようにストックを生産をすることは、本件収用がされた場合の通常の事態ではなく、本件裁決後明渡期限までの間は、原告が従前同様の生産を続けることが通常の事態であることは当事者間に争いがなかったはずであり、ストックの生産をすることを通常の事態であるとする被告の主張は許されないとの趣旨の主張をする。しかし、被告は、本件訴訟において、段階的移転工法の相当性を主張して、原告の主張する収益補償の必要性を終始一貫して争ってきたことは明らかであり、平野工場の二か月間の操業停止により、その間の営業・販売活動も停止することや、二か月分の収益減少を生じることを認めたことはない。被告は、原告主張のように、平野工場の移転に伴って同工場が二か月間の操業停止を余儀なくされるとの認定がされる場合を慮って、その場合も収益補償が必要でないとする所以を、<書証番号略>を援用して主張立証したものである。したがって、平野工場の移転に伴って、同工場が二か月間操業を停止せざるを得ないことを前提として、本件裁決後明渡期限までの間は、原告が従前と同様の生産を続けることが通常の事態であることを被告が認めていたということはできないし、右のような予備的な主張立証活動をすることが訴訟法上許されないということもできない。したがって、原告の右主張は採用しない。

(三) 供給停止回避のための増分経費等の金額

そこで、右に認定した供給停止回避措置を採ることによって、原告が受ける営業上の損失金額を検討する。

<書証番号略>によれば、原告が本件裁決当時の生産水準をそのまま維持していることを前提とした場合においては、右認定に係るストック増産のために原告が受ける損失の金額は、四二五七万四五六七円と認められるところ、既に認定したように、本件裁決当時、平野工場の生産金額は、年々一五パーセントから二〇パーセントの割合で順次上昇していたことを考慮するならば、ストック増産のために要する増分経費等も、生産量の増加に伴って、少なくとも一〇パーセント程度は増加するものと認めるのが相当である。したがって、右四二五七万四五六七円にその一〇パーセントを加算した四六八三万二〇二四円が、ストック生産のために原告が通常受ける損失金額と認められる。

(四) 利益補償の要否

右(二)及び(三)に認定したように、平野工場の操業停止期間である二か月分の生産高に相当するストックを増産することが、客観的社会的にみて、相当な企業判断であると認め、そのための増分経費等の補償を認める以上、単純に算術的に判断するならば、平野工場の操業停止により原告の収益減はないということになる。しかし、右のような供給停止回避措置が採られたとしても、不確定的な操業再開時期を予測して、ストックのみに頼って行なう営業・販売活動は、自ずと消極的なものとならざるを得ないことは見やすい道理であって、製造販売業を営む企業において、その主力工場が二か月もの間操業を停止した場合に、当該企業の営業・販売活動、ひいては、収益に何の影響も生じないということは、社会通念上考え難く、一定の収益減少は避けられないものと認められる。

(五) 利益補償金額

そこで、右のような供給停止回避措置が採られたことを前提としながら、客観的社会的にみて、通常生じる収益減少金額について検討を進めると、右(二)の(5)に認定したように、原告は、全国に約二〇か所の営業拠点を有していることに加え、<書証番号略>、証人日下部及び同森脇の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、①原告は、平野工場以外に和歌山工場においてマスチゲンドリンクの製造を行なっているうえ、輸入製剤であるペナテンの販売も行なっており、平野工場の操業停止によって大きな影響を受けることなく、一部商品の販売活動を継続することが可能な態勢にあった、②現に、平野工場の操業停止時期を含む昭和六〇年及び同六一年の申告所得金額は、それ程大きくは落込んでいない、以上の事実が認められる。

これらの事実をも併せ考慮するならば、平野工場の操業停止による収益の減少は、操業停止時期における原告の予想収益の二か月分に相当する金額の一〇パーセントに止まるものと認めるのが相当である。

右予想収益は、本件裁決時に存在する客観的事実を前提として、収用が行なわれない場合における、明渡時の当該企業本来の営業活動から生じる予想収益から、当該収益に対応した費用を控除して求めるべきところ、原告の明渡時における予想収益の金額は、<書証番号略>によって認められる原告の純利益に以下に認定説示するとおりの加算減算を行ないこれを算定すべきである。

(1) 減算金額

営業外収益については、平野工場の操業停止に伴いこれも減少するという関係にあるもののみが、右予想収益に算入されるべきものと解される。

<書証番号略>の損益計算書に計上された営業外収益のうち、受取利息・配当金は、当該企業が既に行なった投資に基づく収益であって、平野工場の操業停止に伴いその収益に変動を生じるとは認め難い。また、新橋診療所が、平野工場の操業停止に伴い、その診療活動に影響を受けることを窺わせる証拠もない。したがって、<書証番号略>の損益計算書に計上された営業外収益のうち、受取利息・配当金及び新橋診療所勘定は、利益補償の基礎となる原告の予想収益の算定に当たっては、当期純利益の額から減算すべきである。

(2) 加算金額

<書証番号略>によって認められる当期純利益は、当該事業年度の収益に対して課税される法人税充当額及び法人事業税引当金(法人事業税未納金)が減算された金額である。法人税及び法人事業税は、収用による補償金をも含めた収益に対して課税されるものであって、当該企業の事業所得算定上も必要経費とはならない。したがって、原告に対する収益補償の算定の基礎となる予想収益の算定に当たっては、右金額を当期純利益の額に加算すべきである。

なお、原告は、右金額を当期純利益の額に加算して、原告の収益を算定すべき旨の主張はしていないが、五三期決算に基づきその収益額の主張をしているのであるから、右認定の基礎となる事実の主張に欠けるところはない。収益額の計算に係る法律的見解については、弁論主義の適用はないものと解されるから、右のとおり、当期純利益の額に法人税充当額及び法人事業税引当金を加算した額を、収益補償算定の基礎とすることは、弁論主義に反するものとはいえない。

(3) 有税引当金について

原告は、当期純利益に有税引当金を加算した額を基礎として右予想収益を算定すべきであると主張する。しかし、商法二八七条ノ二に基づいて貸借対照表上の負債の部に計上することができる引当金は、特定の支出又は損失に備えるための負債性引当金であって、利益留保の実質を有する利益性引当金を、同条に基づいて貸借対照表上の負債の部に計上することは許されない、したがって、企業が、将来における特定の支出に対する準備額であって、その負担が当該事業年度に属するものと認め、当該引当金を貸借対照表上の負債の部に計上し、右判断が適正であることについて監査及び株主総会の決議を経ている以上、右判断が誤りであり、商法二八七条の二によって許容されない違法な引当金の計上であることの立証でもしない限り、当該引当金は、負債性のものと認め、当期純利益の算定上、これを控除すべきものと解するのが相当である。

原告が、予想収益の算定上、その基礎となる収益額に加算すべきものと主張する有税引当金は、法人税法上、損金算入が認められない引当金ではある。しかし、法人税法は、税務行政の定型的安定性と租税負担の公平の観点から、引当金の種類、設定限度額、存続及び取崩の要件について厳格な定めをしているのであって、法人税法による引当金の損金算入限度の規制が、右のような観点からされているにすぎないことに鑑みれば、有税引当金は、法人税法上損金算入が認められない引当金であるからといって、これが、利益留保の実質を有する利益性引当金に該当すると評価することはできない。

したがって、明渡時における原告の予想収益に、有税引当金額を加算すべきであるとの原告の主張は採用できない。

(4) 収益の増加の有無について

本件裁決当時、平野工場の生産金額が年々増加していたことは、既に認定したとおりであるが、右生産金額の増加に伴い収益も増加していたと認めるに足りる証拠はない。かえって、<書証番号略>によって認められる申告所得金額の推移に鑑みると、原告の収益は、本件裁決当時、ほぼ横這いの状態であったことが窺われる。

<書証番号略>に右(1)ないし(4)に認定説示したところを総合すると、利益補償算定の基礎となるべき原告の明渡時における年間予想収益金額は、五三期の純利益金額から、受取利息・配当金及び新橋営業所勘定を減算し、法人税充当額及び法人事業税引当金を加算した一四億一〇九四万七八四七円と認められる。そうすると、平野工場の操業停止によって通常生じる収益減に対する補償金額は、右年間予想収益の一〇パーセントに相当する金額の二か月分である、二三五一万五七九七円となる。

(六) 得意先喪失補償の要否

既に認定したように、客観的社会的にみると、平野工場の操業停止に備えて操業停止期間の生産高に相応するストックの生産がされるのが通常であるというべきことに、ノイロトロピンの有用性、非代替性、原告の販売形態を総合すると、平野工場の操業停止により、原告が得意先を喪失するという事態が生じるとは認め難い。したがって、本件については、得意先喪失補償の必要はないものというべきである。

(七) 以上によれば、平野工場の操業停止に伴う、医薬品の供給停止回避のための増分費用等四六八三万二〇二四円及び収益減少に対する補償二三五一万五七九七円の補償を要するものと認めるのが相当である。

6  試験操業による営業上損失の補償

(一) 試験操業の必要性

<書証番号略>、証人森脇及び同番匠谷の証言に弁論の全趣旨を総合すると、平野工場が医薬品の製造工場であるという性質上、その移転に際しては、工場の再建作業自体に含まれる製造機械の試運転だけでなく、実際に原料等を使用して製品を製造し、当該製品の品質試験等を実施する試験操業(製造試験)が必要であると認められる。

被告は、平野工場の移転のために、二か月間の操業停止を要するものとして、原告の営業上の損失を補償する場合には、本件裁決が認めた試験操業費について、増分労務費の減額等の修正を要する旨を主張する。そこで、平野工場の移転方法及びこれに伴う操業停止期間についての、右2の認定を前提とした場合における試験操業による営業上の損失について検討を進める。

(二) 試験操業の期間及び方法

<書証番号略>、証人森脇及び同番匠谷の証言に弁論の全趣旨を総合すると、平野工場の移転に伴う試験操業つき、客観的社会的に相当と認められる期間及び方法については、次のとおり認めるのが相当である。

(1) 医薬品の製造工場の操業開始に先立ち、一般には、二、三回程度の試験操業が行なわれることに鑑み、製造試験回数は三回(三ロット)とする。

(2) ①平野工場の主力製品である、ノイロトロピンの基本的製造工程は、2の(三)の(1)に認定したとおり、第一工程・家兎入荷から接種(七日)、第二工程・接種後飼育から処理(六日)、第三工程・薬品処理、抽出及びろ過等(一三日)、第四工程・保冷(八日)、第五工程・吸着から原液試験(八日)、第六工程・原液調整及びアンプル充填(二日)、第七工程・検査及び包装(四日)の四八日であり、右基本的製造工程を構成する細部工程の最長期間は、抽出のための四日間であること、②基本的製造工程のうち、第一工程は、家兎の飼育所であるMRセンターで行なわれており、第二工程から第七工程までの製造工程について製造試験を実施すれば足りること、③製造試験の実施に当たっては、一回目の製造試験を最終工程まで実施し、中間品及び製品の品質試験を行なった後、二回目の製造試験を開始して細部工程のチェックを行ないながら、一工程程度の期間ずらして三回目の製造試験を行なうのが相当であることなどの事情に鑑み、試験操業期間は、ノイロトロピンの製造工程のうち第二工程から第七工程までの所用期間(四一日)の二回分に細部工程の最長期間である四日及び準備期間一日を加えた八七日とする。

(3) 平野工場の移転については、①建物及び設備並びに機械及び装置については、再建工法によって移転が行われること、②動産の移転については、前記2に認定したとおり、平野工場の操業を製造工程に従って順次停止した後、動産の移転作業を一斉に行なうのが相当であることに鑑みると、移転先工場における試験操業は、建物及び設備並びに機械及び装置の再建工法による移転完了後、平野工場における操業と併行して開始し、平野工場の動産の一斉移転開始前に完了するものとする。

(三) 試験操業による営業上の損失

右(二)の(1)ないし(3)に認定した試験操業の期間及び方法を前提として、客観的社会的にみて、通常生じる営業上の損失は、次に認定するとおりである。

(1) 増分原材料費等

<書証番号略>、証人森脇の証言によれば、本件裁決直近の昭和五六年における、平野工場の主力製品であるノイロトロピンの一年間の生産金額は、一一七億七九〇〇万円、薬価は二四三円であることが認められ、このことから、一年間の生産量は、約四八五〇万本、四〇〇ロットと推計することができる。そうしてみると、ノイロトロピン三ロットの製造試験に要する原材料費、包装資材費、外注加工費及び荷造運賃(以下「原材料費等」という。)は、昭和五六年のノイロトロピン原材料費等の実績金額の四〇〇分の三に相当するものと認めるのが相当である。

右認定の事実に<書証番号略>を総合すると、試験操業のための増分原材料費等の金額は、次のアないしイ記載の実績金額の四〇〇分の三に相当する一四七二万三四三五円と認められる。

ア 原材料費(包装資材を除く。)

一六億九一五二万五四一八円

イ 包装資材費(実績金額の二〇パーセント)

一億一六七二万〇七一七円

ウ 外注加工費

一億四二八八万七五〇四円

エ 荷造運賃

一一九九万一〇〇七円

オ 合計

一九億六三一二万四六四六円

この認定に反する<書証番号略>の増分原材料費等の認定は、ノイロトロピンの原料投入期間の認定につき合理的根拠を欠くので採用しない。

(2) 増分労務費

平野工場の移転に伴う試験操業は、建物及び設備並びに機械及び装置の再建工法による移転完了後、平野工場における操業と併行して開始し、平野工場の動産の一斉移転開始前に完了することを前提とすべきことは既に認定したとおりである。してみると、平野工場の操業と併行して試験操業を実施する期間については、試験操業に従事する人員の労務費の全額が増分労務費として補償対象となるが、平野工場の操業が順次停止される期間については、操業停止に伴う遊休労働力を試験操業に充てることが可能であること、右遊休労働力に係る休業手当相当額については、前記4に認定したとおり、平野工場の操業停止による営業上の損失として補償を認めるべきことを考慮すると、試験操業のための増分労務費としては、試験操業に従事する人員の労務費の五〇パーセントに相当する金額を補償すれば足りるものというべきである。

右認定に<書証番号略>を総合すると、試験操業のための増分労務費は、一三四四万四三二〇円と認めるのが相当である。

右認定に反する<書証番号略>の増分労務費の認定は、試験操業の実施方法について異なる前提を採るものであるから採用しない。

(3) その他の増分製造経費

前記認定のとおり、平野工場における操業及び操業の順次停止と併行して、移転先工場において試験操業を実施するとすることを前提とする以上、平野工場における製造経費とは別に、移転先工場における試験操業に付随して、(1)及び(2)以外の製造経費の負担を必要とするものと認められるところ、(1)及び(2)以外の増分製造経費の額は、<書証番号略>により、一七〇九万二六五五円と認めるのが相当である。

右認定に反する<書証番号略>のその他の製造経費の認定は、試験操業の実施方法について異なる前提を採るものであるから採用しない。

(4) 以上によれば、試験操業による営業上の損失の額は、右(1)ないし(3)の合計額である四五二六万〇四一〇円と認めることができる。

7  併行操業費用の補償の要否

平野工場の動産移転を段階的移転工法によって行なうことは客観的社会的にみて相当とは認め難いこと、右移転方法については、平野工場の操業を順次停止し、その後、動産の一斉移転を行なった後、移転先工場で順次操業を開始することを前提として、二か月間の操業停止に相当する営業上の損失を補償すべきことは、前記2において認定したとおりである。

<書証番号略>によれば、本件裁決が補償を認めた併行操業費用は、段階的移転工法を採用することを前提として生じる損失を補償するものであって、前記2の認定を前提とする以上は、その補償を要しないことが明らかである。この認定に反する趣旨の原告の主張は、客観的社会的に相当な移転方法について前提を異にするものであって採用しない。

8  営業上の損失補償金額

以上の認定によれば、原告に対して支払われるべき営業上の損失補償は、以下のとおりである。

(一) 固定経費

(1) 平野工場製造経費

五七八四万三九八四円

(2) 研究経費

二九八万七四八五円

(3) 販売費及び一般管理費

一六三二万七八六一円

(4)  小計 七七一五万九三三〇円

(二) 休業手当相当額

(1) 平野工場製造経費

八〇〇〇万五一二六円

(2) 研究経費

一五六八万五五三三円

(3) 販売費及び一般管理費

一八五九万四八二二円

(4) 小計

一億一四二八万五四八一円

(三) 供給停止回避のための増分経費等 四六八三万二〇二四円

(四) 収益補償

二三五一万五七七九円

(五) 試験操業費

四五二六万〇四一〇円

(六) 合計

三億〇七〇五万三〇四二円

右合計金額三億〇七〇五万三〇四二円と、本件裁決において認容された製造費用補償金額一億七一〇六万円との差額である、一億三五九九万三〇四二円が、原告に対して増額して支払われるべき、営業上の損失に対する補償金の額と認められる。

なお、原告は、大阪府収用委員会の審理において、被告は、平野工場の移転のために、二か月間の操業停止が必要であることを認めて、原告に対して支払うべき営業補償金額として五億三一九〇万三〇〇〇円を見積もっていたのであるから、本件裁決がこれを下回る営業補償を認定することは、土地収用法四九条二項、四八条三項、九四条八項の定める当事者処分主義に違反するし、また、被告が本訴において、右に反する主張をすることは、禁反言の原則、信義則によって許されないと主張する。しかし、土地収用法四九条二項、四八条三項、九四条八項は、明渡裁決おいて裁決すべき損失の補償金の総額について、当事者の申立てた範囲を超えて裁決をすることを禁ずるに止まるものというべきことは、五の3の(一)に説示したとおりであって、当事者処分主義違反をいう原告の主張は、独自の見解であって採用できない。また、起業者が、土地収用法一三三条の訴えにおいて、収用委員会の審理における主張に拘束されると解する法的根拠はなく、禁反言の原則又は信義則に基づく訴訟上の主張制限をいう原告の主張も失当である。したがっで、原告の右各主張は、営業上の損失に関する右認定を左右するものではない。

七従業員移転関連費用

土地収用法八八条にいう「通常受ける損失」とは、裁決時点に存在する客観的事実を基礎として、客観的社会的にみて、明渡時期に、通常採用されるであろう移転先、移転方法を採用して移転した場合に、被収用者が通常受けるであろうことが予想される損失を意味することは、既に説示したとおりである。

本件裁決は、右の意味における移転先として、大阪市内に存する工業地域又は工業専用地域を相当と認め、この認定を前提として従業員移転関連費用の補償を要しないものとしたが、原告は、右認定は誤りであって、小野の土地が、客観的社会的にみて、平野工場の移転先として通常採用される、移転先地であるとの趣旨の主張をする。

<書証番号略>、証人日下部、同土田の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、平野工場における医薬品の生産活動を前提すると、規模、交通事情、環境問題、労働力確保、土性・水利等の点につき、その移転先地が備えているべき条件として、原告が望むところは多岐にわたることが明らかであるが、かかる条件が全て整わなければ、これを客観的社会的にみて相当な移転先地と認めることができないわけではない。そして、証人土田は、本件裁決が移転先地として想定する大阪市内には、平野工場の移転先として検討対象となる土地すら存在しなかった旨の証言をするけれども、右証言に副う客観的証拠はないうえ、証人日下部及び同北浦要の証言によれば、大阪市内には相当の面積の工業地域及び工業専用地域が存在し、かつ、被告は原告に対し、大阪市内に移転先地を斡旋する旨の申出をしていたにもかかわらず、原告は、その斡旋依頼さえしなかったことに照らすならば、原告は、大阪市内に移転先地を見出すことに積極的かつ真摯な努力をしていなかったことが窺われ、証人土田の右証言によって、本件裁決の移転先地の想定が誤りであると認めるには足りない。しかも、原告は、本件収用とは無関係に、昭和五一年ころから平野工場の移転計画の検討を開始していたこと、小野の土地を工場用地として取得し、その宅地造成も終えていたことは四の2の(六)に認定したとおりであり、これらの事実に加え、<書証番号略>、証人森脇の証言によれば、昭和五一年には、小野の土地から車で一〇分程度の距離にある兵庫県加東郡社町所在の土地に、ノイロトロピンの原材料である家兎の飼育センターである中央MRセンターを建築したことが認められる。これらの事実に、小野の土地はノイロトロピンの注射剤製造工場用地として確保したものであることを肯定する趣旨の証人日下部の証言をも総合すると、原告は、予てより、小野の土地にノイロトロピンの注射剤製造工場を新設する構想を有していたと認められる。そして、小野の土地を移転先地として選択した最大の理由は、予め同土地を購入していたことにあるとの趣旨の証人森脇の証言をも併せ考慮すると、原告が、小野の土地を平野工場の移転先地として選択したのは、いわば原告の特殊事情によるものであると認めることができる。これらの認定を総合すると、平野工場の移転先に関する原告の主張は、これを認めるには足りないものというべきである。

更にまた、仮に、小野の土地が、客観的社会的にみて、平野工場の移転先として通常採用される移転先地であるとしても、原告主張のような退職者があったことの立証もなく、同土地への移転によって、原告主張のごとき損失が、通常生じるものと認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって、従業員移転関連費用の補償を求める原告の主張は理由がない。

八憲法二九条三項に基づく本件収用土地の価格補償

原告は、土地収用法七一条の規定に定められたところに従って算定された本件収用土地に対する補償金額を上回る土地に対する補償を憲法二九条三項に基づいて請求する。しかし、憲法二九条三項の保障を具体化するものとして、土地等が収用される場合における損失補償については、土地収用法がこれを規定するものであることは二の1に説示したとおりである。それにもかかわらず、右のような請求が認められるためには、土地収用法七一条に基づく土地に対する補償が、憲法二九条三項の趣旨に違反し、被収用者等に対する正当な補償たり得ないことが明白であるなど、立法府が、憲法二九条三項に基づく正当な補償を実現するための立法に当たっての立法裁量を誤ったものと認められることを要するというべきである。裁決の時点において、将来の物価変動を見通すことが困難であることや、一般の売買契約にあっても、売買契約締結時(売買代金算定基準時)と所有権移転時期とが必ずしも一致しないことを考慮するならば、土地収用法が、裁決によって損失補償金額を確定するとの基本的立法政策の下において、権利取得裁決までの修正率さえ考慮すれば足りるとしたことは合理的であって、この点に立法裁量の逸脱濫用があるとは到底認め難い。したがって、同法七一条が憲法二九条三項に違反するなどとは、到底解し得ない。

九結論

以上に認定したところによれば、原告が増額を請求することができる補償金額は、以下(一)ないし(三)の合計金額である三億八一〇九万五六一八円と認められる。

(一)  医薬品の生産機能を回復するために必要な改善費用の運用利益相当額 一億四六八五万九〇〇〇円

(二)  機械及び装置の移転費

九八二四万三五七六円

(三)  営業補償

一億三五九九万三〇四二円

(四)  合計

三億八一〇九万五六一八円

なお、原告は、本件決裁で定められた補償金受領の日の翌日である昭和五七年八月二〇日から支払ずみまでの遅延損害金の支払を求めるが、土地収用法一三三条の訴えは、無名抗告訴訟の実質を有すると解すべきことは既に説示したとおりであって、本件裁決を変更する法的効果が生じる本判決確定の日に初めて、被告は、右増額補償金の支払義務を負担するに至るものと解される。したがって、増額補償金に対する遅延損害金の起算日は、本判決確定の日の翌日となるし、また、原告勝訴部分について仮執行の宣言を付することもできない。

よって、原告の本訴請求は、三億八一〇九万五六一八円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官綿引万里子及び裁判官和久田斉は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官松尾政行)

別紙物件目録一ないし四<省略>

別表4

別表5―2営業補償計算書<省略>

別表6―21経費補償算定内容 2収益補償算定内容<省略>

別表1土地に関する損失の補償

別表2物権移転料

別表3―1その他通常受ける損失の補償

別表3―2関連物件移転料の明細

別表5―1

別表6―1

別表7

別表

営業補償計算書(単位:円)

1 経費補償

部門

平野工場製造

経費

研究経費

医薬品・化粧品部門の販売費及び管理費

経費項目

販売費及び

管理費

エアロピュール

事業部

差引小計

固定経費

53期実績金額

租税公課

3,807,764

2,458,164

46,944,994

186,300

46,758,694

水道光熱費 ※1

5,993,420

766,264

1,219,908

17,472

1,202,436

減価償却費 ※2

242,165,718

6,953,923

51,096,365

2,118,511

48,977,854

地代家賃

4,910,770

369,200

161,587,454

5,448,552

156,138,902

支払利息

102,484,285

102,484,285

法定福利費

50,563,386

20,758,670

106,101,667

997,551

105,104,116

厚生費

5,162,947

4,163,138

93,093,655

167,980

92,925,675

保険料

2,908,633

380,457

24,539,956

345,655

24,194,301

広告宣伝費

405,339,150

3,453,735

401,885,415

315,512,638

35,849,816

979,671,678

補償額計算式

×2/12×1.1

×1/12

×0.1×2/12

補償額

57,843,984

2,987,485

16,327,861

給与手当

53期実績金額

545,489,497

235,282,999

1,152,635,666

36,946,368

1,115,689,298

補償額計算式

×0.8×2/12×1.1

×0.8×1/12

×0.1×2/12

補償額

80,005,126

15,685,533

18,594,822

※1 水道光熱費については53期実績金額の10パーセント

※2 平野工場製造経費、研究費については53期実績金額の50パーセント

2 ストック生産のための増分経費等  46,832,024

3 利益補償

53期純利益

321,485,870

減算

受取利息・配当金

95,794,880

新橋診療所勘定

14,743,143

加算

法人事業税引当金

630,000,000

法人税等充当額

570,000,000

利益補償算定基礎収益

1,410,947,847

利益補償額計算式

×0.1×2/12

補償額

23,515,797

4 試験操業費

増分原材料費

14,723,435

増分労務費

13,444,320

その他の製造経費

17,092,655

合計

45,260,410

5 営業上の損失補償額

307,053,042

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